47年目 時の流れに、乾杯
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(42)
ヴァール(???)
ラウラ・ホルン(39)
レベッカ・ウェイン(60)
ラウラとともに故郷を訪れたエリスであったが、またすぐにその地を離れて今度はスイスに向かうこととなった。
二人が再会したことを知った、WSO統括理事ソフィアから呼び出しがかかったのだ──名目上は彼女だが、実のところはヴァールだろうなと言うのは、付き合いの長い聖女達にはすぐに見抜けることだった。
実に24年ぶりにもなる、ヴァールとエリス、ラウラの三者が集う機会。
加えて言えば第二次モンスターハザードの頃に仲間だったレベッカ・ウェインも還暦を迎える頃合いながらWSOの理事の一人を務めており、彼女とも久しぶりの面会となる。
懐かしの故郷の次は、懐かしの仲間達。
エリスの過去を巡るちょっとしたオデッセイは、この年、一年を通して続けられるのだった────
WSO本部施設近くには、統括理事ソフィア・チェーホワの住まう屋敷がある。
庭付きの一軒家で豪邸とまではいかないが堅実な造りだ。要人中の要人の住まいなだけはあり多数SPが周囲を警護しているものの、逆に言えばそのくらいで特に言及するところもない、普通の家である。
そんな普通の家であるチェーホワ邸のリビングに今、ヴァールにとってもひどく懐かしい顔ぶれが揃っていた。
WSO理事の一人であるレベッカ・ウェイン。ダンジョン聖教二代目聖女ラウラ・ホルン。そして永らく裏社会に姿を消していた初代聖女……エリス・モリガナだ。
4人ともがテーブルを囲んで座り、贅を凝らした食事と酒を楽しみながらの晩餐を過ごしていた。
「まさか……またこうして顔を突き合わせる機会が来るとはな。ワタシはともかくラウラやレベッカは、もうエリスには辿り着けないのではないかとさえ思っていたのだが」
「いやあ、ものの見事に捕まっちゃいましたよ。っていうかヴァールさんだってラウラに協力してたんでしょ? 分かってたくせにハッハッハー!」
「それはそうだろう。ワタシとてお前の気持ちを尊重してはいたがな、本音を言えば捕縛してでも連れ帰りたかったのだぞ」
「ハッハッハー、実際10年くらい前に会った時はいきなり仕掛けてきましたもんねー」
唸るように遠くを見てつぶやくヴァールに、飄々と笑って茶目っ気めかすエリス。
この頃になるとこうした言動がすっかり板につき、今や素の人格からして軽妙かつユーモアのあるものに変わっている。
こうなってからのエリスにはヴァールもラウラもレベッカも、あるいはここに至るまでにいくらか再会してきた仲間達も面食らって正気を疑うなどしてきていたが……
もはやここに至ってはこれが今のエリスなのだと納得し、受け入れている。
レベッカが、涙ぐんでエリスを見つめた。
「エリスちゃん。本当に良かったよ、生きて無事でいてくれて……」
「レベッカさん……本当に、長い間ご心配とご迷惑をおかけしました。どうしても不老になったこの身を、誰にも知られたくないと思ってしまって」
「いいんだ! いいんだよそんなこと、エリスちゃん……! 辛かったねえ、大変だったねえ……! あんたが苦労してきたこの24年を想えば、心配することしかできなかった私にはもう、なんにも言えないよ……!!」
泣きながら笑い、しかもワインをグラスに注いでは飲み干し注いでは飲み干し。とにかく喜びを目一杯に表現するかつての女傑に、エリスは力なく微笑み、軽く会釈して謝意を示した。
第二次モンスターハザードの頃には36歳にして北欧最強とも謳われていた女傑も、この頃には還暦を迎え老境に差し掛かっており往年の力強さもさすがに失われている。
以前は縦にも横にも大きな巨躯だったのも、今では多少大柄という程度にまで痩せている。それでも食欲旺盛なのは変わらない様子に、きっと長生きするだろうとどこかホッとする心地のエリスだ。
「それにしても、ラウエンさんやトマスさん、シモーネさんも来てくださったなら本当にあの頃とほとんど同じでしたのに。妹尾教授は、残念でしたが……」
「各々予定があったようだからな、仕方ない。そもそもラウエンは中国の奥地住まいで来るのも難儀だろうし、ベリンガムは世界各地の秘境を転々としているようでいまいち連絡が取れん。エミールは……な」
「あんなバカは放っといてくださいよ、ヴァールさん!」
かつての仲間で、つい6年前に逝去した妹尾を除く3人もまた今回の晩餐に……と思いヴァールは召集をかけていたが反応のある者はいなかった。
それぞれスイスに来るには地理上難しい者、各地を旅していて居所の掴めない者、そして諸々の事情から呼ぶに呼べない者もいて、今回はこのメンツとなったのだ。
特にレベッカの弟子であり、すでに独立し自立して久しいシモーネ・エミールについてはヴァールも無表情ながら、どこか困った雰囲気を醸し出している。
即座にレベッカが吼えた。今ここにいない弟子に向け、辛辣に言葉を連ねる。
「不老のヴァールさんやらソフィアさん、エリスちゃんをこともあろうにやっかんで! "歳を取らない卑怯な連中"だとか言うにこと欠いてなんて情けないこと言いやがんだあのガキはァ!」
「いや、ワタシについてはそう言われても仕方のないことだと理解はする。しかしエリスについては……もう少し理解してやってほしいと、正直思ってしまうな」
「ハ、ハッハッハー。ま、まあ傍から見たらそういう意見もあり得るでしょう。シモーネさん、おいくつでしたっけ?」
「48歳だよ! いい歳こいて言っていいことと悪いことの区別もついてない!! すまんねぇヴァールさん、エリスちゃん。うちのバカ弟子がとんでもないことを……」
怒るやら謝るやら哀しむやら、とにかく情緒をころころ切り替えて酒を飲み倒すレベッカ。
弟子シモーネの心ない物言いに傷付いているのは分かるのだが、ヴァールやエリスとしてはそこまで気にしてもいないので今、目の前にいるこの人物の酒癖のほうが困るかもな〜と言った感じだ。
ラウラも交えて三者、視線を交わす。
どうします? どうもできん。ハッハッハー。
三様の反応をそれぞれ示した後、ヴァールは静かにエリスを見た。続けてラウラも彼女を見据える。
────これも自分で撒いた種だ。仕方ないかと、エリスはレベッカの、衰えてなお自分より大きな背中を撫で擦り笑いかけた。
「ハ……ハッハッハー! ま、まあまあレベッカさん、乾杯しましょう乾杯! せっかくの再会です、楽しみましょうよ今日という日をハッハッハー!」
「う……うううエリスちゃんあんた相変わらず良い子だねえ! 口調や性格は変わったけど芯のところはまるで変わんない聖女だよ! オオオオカンパーイ! オオ乾杯、カンパァァァイオオオオオオッ!!」
「えぇ……? あ、けふんけふん。乾杯! かんぱーい!」
感動からか怒号のような歓喜の叫びをあげる。
そしてそのまま盃を交わそうとする勢いが良すぎるレベッカに、エリスは一瞬ドン引きしたものの……すぐに気を取り戻して自身も酒の入ったグラスを手にする。
「やれやれ。何年経っても変わらないところは変わらないということか。乾杯」
「変わるところもあるでしょうけどね、ふふ。変わらないこともあるのでしょう。乾杯!」
ヴァールにラウラも続き、乾杯する。
24年ぶりの仲間達との再会は、変わるもの変わらないもの、それぞれをそれぞれに抱えたものであった。
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