46年目-3 モリガナ家の幸福
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(41)
ラウラ・ホルン(38)
初代聖女と二代目聖女の再会実に20年越しに巡り会えた、エリスとラウラ。
これをもってラウラは聖女の引退を決意し、三代目聖女たるマルティナ・アーデルハイドにダンジョン聖教を譲り隠居するのであるが……加えてこの時、ラウラはもう一つ、己の最後の役割と決めていた誓いを果たしていた。
それはエリスにとって禊とも言えるもの。あるいは彼女を今後生涯、苦しめかねないものであったが……それでもラウラはそれを実行した。
しなくとも近いうちに発覚していたことであろうし、何よりそれをしなければエリスは本当にどこにも進めない。前にも、後ろにもいけない。
20数年前の少女のまま、身体ばかりか精神までも時を止めたまま生きていかなければならないことになると、危惧したからであった。
────再会に先立つこと2年前にこの世を旅立ったエリスの両親。
その墓のある彼女の故郷へと、ラウラはあえてエリスを連れて行ったのである。
すっかりとダンジョン聖教の聖地と化した故郷の近郊、こちらもかつては質素なものだったが、信者達による寄付金と丁寧な仕事振りにより豪壮なものへと変わっている、霊園にて。
エリスは跪き、俯き、声ともつかない呻きを上げ、ただただ涙を流していた。
「…………っ! ぅ、う、ぐぅ……っ!!」
「エリスお姉様……」
悔恨の涙。エリスの肩を強く抱き寄せるラウラには、彼女の心痛、想いがどれほどのものかとこちらも目元を潤ませる。
一瞬、ここに連れてきたのは時期尚早だったかとも思ったが……どの道いつかは訪れる時ではあったし、何よりその報せを受けてエリス自身が強く望んだことなのだ。
止めることはできない、してはいけないと、ラウラは唇を噛んで姉の慟哭を受け止めていた。
今、二人がいるのはとある墓標の前だ。綺麗に掃除され、いくつもの花束が枯れずに置かれた、毎日きちんと手入れされているのがよく分かるものだ。
その墓には刻まれているのは男女の名前。モリガナ家の夫婦であり、エリスをこの世に産み落としラウラを育て上げたことでダンジョン聖教においては聖父、聖母として下にも置かない丁寧な扱いを受けている夫妻。
エリスの両親の名前であった。
彼女は、自分を産んでくれた親と今生での再会を果たせなかったのだ。
「お父、さん……っ! お母さん……っ!! ごめんなさい、ごめん、ごめんねぇ……!!」
「お姉様……お父様もお母様も、最期まで幸せの中にいられたと思います。アーロやアイナ、そしてその子供達に囲まれて……近隣住民からも慕われる中で、誰しもに惜しまれながらも笑顔でこの世を去ったのです」
せめてもの慰めになれば良い。その想いで生前の夫妻を思い起こして語れば、エリスは涙と鼻水で美しく整った顔立ちを歪めながらも、強くラウラの袖を握り掴んだ。
子供がせがむように、もっと話してほしいと、強く、切なく。縋るような眼差しとともに向けられる意思に、妹たるラウラもまた、微笑み、涙を流しながら応えた。
「お姉様のことも、その身の無事を祈っていらっしゃいましたが……それ以上に誇らしいといつも笑顔で語っていました。自慢の娘だ、どうかいつまでも元気でいてほしい、それだけで十分だ、とも」
「なんで……!? こんな、親の死に目さえ看取らなかった親不孝者を、どうして、そんなふうに……!」
「お姉様がそれだけ、陰ながらこの世界を守り抜いてきたということです」
信じ難いとつぶやくエリス。だがラウラは、彼女がそう言われるに値するこれまでを送ってきたことを知っていた──ソフィアやヴァールから伝え聞く話であったり、また自分自身が姉を探す度の中で少しずつ辿ってきた話でもある。
エリスは裏社会で身を潜めて生きていた中でも、決して苦しむ人々を見捨てたりはしなかったのだ。
時にはモンスター、時にはダンジョン。時には反社会的勢力、時には単純に犯罪者達。あらゆる国、あらゆる地域を問わずにいつでもそのような手合いから人々を護り、戦ってきたのである。
彼女によって救われた人々が、エリスのことを笑顔と敬意をもって語る。そんな姿をラウラはこれまでの間、どれだけの数、見てきたことか。
……そしてそんな話を聞かせる度、老いていく父母がどれだけ喜び、誇り、そして祈りを捧げてきたことか。
他ならぬラウラだけは、それを知っていたのだ。
「何度でも言います、お姉様。あなたはお父様やお母様、モリガナ家にとって誇りなのです。これまでもこれからも、ずっと、ずーっと」
「…………!!」
優しい言葉。どこまでもエリスを慈しむその声と表情に、エリスは今度こそ声ならずしてただ涙を流すしかできない。
はるかに過ぎ去りし時、変わり果ててもなお、変わらずあり続けるもの。ふるさと。
エリス・モリガナはこの時、ようやく……23年という時を経て、モリガナ家の下へと帰ってきたと言えた。
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