46年目-2 二代目聖女の引退
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(41)
ラウラ・ホルン(38)
マリアベールが世界各地を巡り、武者修行めいたダンジョン探査を繰り返していた時期と重なり……ダンジョン聖教においてもまた、一つの大きな動きが見られた。
二代目聖女ラウラ・ホルンの探査者業引退。そしてそれに伴う称号《聖女》の次世代への継承である。
この頃、ラウラは永年探し求めていた初代聖女エリス・モリガナとの再会を果たしており、それが達成してすぐにダンジョン聖教の変化が始まった形になる。
その裏にはラウラ自身の事情や過去、現在への思い。そして何より未来を見据えての思惑があった。
フィンランドの片田舎。ダンジョン聖教の総本山施設がある故郷へと久しぶりにエリスはやってきていた。
実に何年ぶりになるだろうか? 第二次モンスターハザードが起きて以降この地だけは避けていたため、実に23年ぶりになるのかと、彼女は時の流れの早さに身を震わせた。
「いやあ、ハッハッハー。さすがに四半世紀も経つといろいろ変わったり変わらなかったりしてるねえ。誰より何より変わってないエリスさんが言うのもなんだけど。ハッハッハー」
「見かけこそお変わりありませんけど、言動は誰より変わっていらっしゃいましょう? お姉様」
ダンジョン聖教本部は最上階。その中にある聖女の私室にてエリスは、妹分と仲良く紅茶を呑みながら歓談していた。
対面にて座るは二代目聖女、ラウラだ。幼少期の面影など微塵もない優雅な気品とともにティーカップを傾けながら、姉貴分に微笑みかける。
そんな姿に、エリスは目を細めた。23年前、スキル《不老》の獲得により社会から身を潜めざるを得なくなってから去年まで、まったく会わないでいた自分をずっと探し続けてくれていた彼女。
聞けばそのせいでずいぶんと無茶をしてきたらしく、各地でダンジョン聖教の権勢を高めるために異様なペースで探査に、モンスターとの戦いに身を投じてきたのだと言う。
……今回知らされたラウラの引退も、つまるところはそれによる身体への負担が原因なのだろう。
気まずげに俯くエリスに、ラウラはやはり、微笑みかけた。
「どう、されましたか? お姉様、何かあるのでしたらなんでも仰ってくださいまし」
「いや……その。引退、するんだろう? 身体、そんなに悪くしてるのかな、って。そしてそれは、私を探していたせいなんじゃないかって、さ」
「…………誰かに、そのようなことを? まさかマリアベールさんにでも? それともないとは思いますが、ソフィア様とかヴァール様?」
「いや、私自身がそう思ったんだよ。ソフィアさんにヴァールさんは冗談でもそんなこと言わないし、マリーなんてたぶん、自業自得の一言で済ましちゃうでしょ」
沈痛な面持ちで率直なことを言うエリスに、ラウラはつい噴き出しそうになり肩を震わせた。
WSO統括理事として、最初から最後まで自分の身を案じ続けてくれたソフィアやヴァールはともかく。マリアベールへの言葉はあまりに遠慮がなく、そして的確なものだったからだ。
実際、先日マリアベールに会ったラウラは"無茶はテメェの勝手でやったんだからテメェの自業自得ってやつさね、まーお疲れさん! ハハハ! "と言い切られていた。
たしかにそうだがあまりの言い様に、隣りにいた後輩たる神谷が眉を顰めていたのもまた、面白かったなあと思い返す。
そう、マリアベールの言う通りなのだ。ラウラのことはラウラの勝手であり、エリスを探したのも、その過程で無茶をして、果てに探査者活動を行えなくなるほどのダメージを蓄積させたのもすべてがラウラの勝手、都合でしかない。
だからエリスが気にすることでは一切ないのだと、二代目聖女はエリスの傍に近づき、彼女を優しく抱きしめて伝えた。
「私は私の想いのままに探査者として、聖女としての道を駆け抜けました。もしこれでお姉様との再会が叶わなければ後悔の一つもしたかもしれません……ですが、私達はまた逢えた」
「ラウラ……」
「何一つ悔いはありません。私は私の半生をまっとうし、そしてやりきったのです。いかなお姉様でもそれだけは否定などさせませんよ?」
茶目っ気めかして笑いかける。
偉大なる姉に、初代聖女に……そして素晴らしいエリスにこれ以上、心労などかけたくない。その一心からの慰めである。
再会して以降もエリスは、やはり各地の裏社会を転々とし続けていた。
エリスあてのホットラインをソフィアに続いてラウラも手にできたゆえ、また彼女を求めて長いこと足掻き続けねばならないようなことにならないのは何よりだったが、それでも一つ所に定住することだけは不可能だと彼女自身が断言したのだ。
たった一人、孤独に人目を避けて隠れ続ける人生。不老体質によって得てしまった擬似的な永遠にエリスが辟易しているのは、ラウラの目から見ても明らかだった。
さりとてどうにもできない。まさかスキルをなくすことなどできないのだし、よしんばエリスがラウラの側に居着くことを選択したとして、10年もすればやがて周囲も彼女の特異体質に気づいてしまいかねないだろう。
どうしようもない孤独を定めづけられた少女。
そんなエリスにどうしてこれ以上、重荷を背負わせられようか。
戦いの果てに、まるで報われない地獄を背負うこととなったその小さな身体を……ラウラは強く、抱きしめるのだった。
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