46年目-1 節目を迎えるダンジョン聖教
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(28)
神谷美穂(16)
スコットランドを襲った、人為的なスタンピード発生事件──通称"第四次モンスターハザード"から10年が経った。
当時18歳だったマリアベールもこの年には28歳を迎え、探査者としての実力は元より人間的にも大きな成長期を迎えていた。
この頃のマリアベールは世界各地を遊覧的に旅して回っており、様々な土地でのダンジョン探査を、現地の探査者とパーティを組んで行っていた。
そうして実力を培いながら、人脈や探査だけでない経験をも積んでいったのである。
「さぁてさて、今日のダンジョンはどんなんかねえ!」
東南アジア、タイの首都圏近郊にて。マリアベールは意気軒昂にはしゃぎ目の前のダンジョンの出入口を見た。
乾いた大地にぽっかり空いた大穴。これが今日この時、彼女が踏破すべき仕事場であった。
彼女がタイに来てから半月が経つ。その間にすでに5つのダンジョンを踏破した彼女は、もう1つ2つ探査を完了したら隣国のラオスにでも移動しようかと考えている。
そんな彼女に今の仲間が話しかけた。とある縁から現地で組んだ、世代的には後輩とも言える新人だった。
「マリアベール先輩、準備できました」
「よし! じゃあ今から探査するけど問題ないね、神谷!」
「はい。万事滞りなく」
神谷──神谷美穂。
日本からとある事情でタイにやってきていた折、マリアベールと知り合った仲である。16歳と新進気鋭の若手だ。
彼女の返事を耳にし、満足そうにマリアベールは笑みを浮かべる。
「いい返事だ、まあ無理だけしないようにな! 命あっての物種なんだからよ!」
「はい」
「……それに、アンタになんかあったらラウラさんにどやされちまうし、下手するとエリス先輩にも叱られかねん。ダンジョン聖教期待の新人だからって、くれぐれも慢心すんじゃないよ」
「もちろんです、先輩。偉大なる聖女様方の名に泥を塗る真似はいたしません」
神谷をことさらに気にする、マリアベールには事情があった。何しろ彼女はダンジョン聖教二代目聖女、ラウラ・ホルンが見出した才女であるのだから。
大ダンジョン時代が始まってから28年が経った頃に結成されたその宗教組織は、そこからさらに17年の時を超えたこの時期にはすでに世界的宗教として生活に根ざしたものとなっていた。
そのダンジョン聖教の象徴的存在、探査者としての称号《聖女》を持つことから聖女と呼ばれる存在であったラウラという女性が、極東に住まう信心深き少女を見つけ、己が養女として育てた。
それが神谷だ。ラウラの先代、第四次モンスターハザードの際に知り合ったエリス・モリガナとの縁もあり、マリアベールとしては決して蔑ろにしたくない少女なのであった。
「にしても、ずいぶん若くで引退するんだねえ、ラウラさんも。エリス先輩をあんなに盲信していた割に、なんだか拍子抜けっつーか」
「聖女様はこれまで、数多のモンスターと戦って参られました。それゆえ、御身体も大分……」
「そりゃ分かってるけどさ。ったく、無茶しすぎたんだよあの人も。エリス先輩が偉大すぎて、どうにか追いつこうとして自滅しちまったんだねえ」
やるせないとばかりにため息を吐き、空を見上げる。タイの空は晴れているもののどことなく静かなのが、まるで近々探査者を引退する二代目聖女を悼んでいるかのようにマリアベールには思えた。
つい2ヶ月前、世界を旅するマリアベールの元に届いた報せ──ラウラの引退宣言。聖女の称号を次代に譲った上で探査者としてはダンジョン探査から一線を退き、後進の育成や裏方仕事のいわゆる"内勤"に移るという声明が公式に発表されたのだ。
その原因や理由については巷ではまことしやかに囁かれていたが、ラウラとも多少の付き合いがあるマリアベールはなんとなく分かっていた。無理をしすぎたのだと。
初代聖女ことエリス・モリガナ。その偉大すぎる姿に憧れたあまり、自身の身の丈を超えて駆け抜けようとして身体が保たなかったのだ。
神谷もそうした事情は察しているらしく、沈痛な表情でマリアベールへと語りかけた。
「私は未だ、初代聖女様にお会いしたことがありませんが……そこまで偉大な方だったのですか? ラウラ様ほどの方が、思い詰めてしまうくらいに」
「……まあ、な。正直、私からしても掴みどころのない人ではあったけど、強さは正真正銘化物だった。正義感とか信念も、軽いノリだったけどとんでもなかったしね」
10年前のモンスターハザードの際に知り合い、以後何年かに一度ソフィアを介して会う仲にもなった初代聖女エリス・モリガナ。
この時点からさらに遡ること23年前、現代からは78年もの過去に起きた第二次モンスターハザードを終息させた英雄とも言える彼女の姿や言動を思い返すだに、マリアベールは難しい顔をせずにはいられない。
単純な力で言えば出会った頃から今に至るまで自分のほうが強いという確信はあるが、さりとて実際に戦うことを仮定した際、どうしても勝ち切れるという確証を持てないのだ。
単なる戦闘力に拠らない特殊な強さ。それをエリスは持っているような気がしてならなかった。
軽い空想を、首を振って打ち消す。彼女はそして、後輩へと告げる。
「エリス先輩がどうであれ、そんな彼女を追いかけようと思ったのはラウラさんだ。冷たいようだけど自己責任ってやつさ、余人にはどうしようもできないことさね」
「そう……ですね。むしろ取り返しのつかないことになる前に、踏みとどまってくださったことを神に感謝すべきなのでしょう、ね……」
悼むように瞳を閉じる神谷。
それに倣うようにマリアベールも軽く、引退宣言をした二代目聖女を惜しみながら──やがてダンジョンへと潜っていくのだった。
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