36年目 "狂犬"マリアベール・フランソワ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(18)
大ダンジョン時代が到来して35年が経過した。
この頃になれば最初期に見られた、能力者の政治あるいは軍事利用はWSO発足とその定着により収まりつつあり、探査者達は現在にも続くダンジョン探査業務に専念するスタイルが確立されつつあった。
だがこの時点では未だに探査者の実力による階級分け制度もなく、また福利厚生、権利保証などの面でも未熟な点が数多く──探査者達の素行も現在と比較にならぬほど悪かった。
探査者による公共に迷惑をかけるような振る舞いも、現在ほど厳しく取り締まられてはおらず。
もっと言うならば今では犯罪行為に値する"無許可での探査者同士の武力衝突"においても公然と罷り通っていたほどだった。
この頃には探査者歴20年、30年を迎えるベテラン達も発生しつつあり、ニュービー達への指導を行うべき層となりだしていたのだが、その素行の悪さゆえ、むしろ世代間対立が生まれてしまっている時期でさえあったのだ。
そんな中、一人の若き探査者が頭角を現した。
今や英国が世界に誇る大探査者にしてS級最長老。国際探査者連携機構、通称WSOにおける特別理事でもある女傑。
探査者の中の探査者、マリアベール・フランソワ。
今年で御年83歳となる大御所の、18歳頃のエピソードである。
「舐め腐ってんじゃねーよ、こんの老いぼれがァッ!!」
「うどわらっ!?」
マリアベールが中年探査者を殴り飛ばしていた。イギリスはロンドン、全英ダンジョン探査者組合協会、通称全探組の本部施設は談話室でのことである。
探査者歴5年、まだまだ若手ながらすでにその実力から英国においても名が売れつつあった彼女に、わざわざ絡んできたベテラン男が哀れにも返り討ちにあっていたのだ。
切れ長の目、涼やかながら覇気のある美貌。腰元まで伸ばした金髪は整えられており、白シャツにジーンズ、ブーツといった軽い出で立ちによく映えている。
何よりも腰に提げた刀──180cmを超える長身の彼女らしい、長めの日本刀が異彩を放っていた。
英国から遠く離れた極東の武器、日本刀。
これは彼女が探査者となった13歳から現在の、83歳になるまで品を変えつつも使い続けているマリアベール・フランソワのトレードマークだ。
この時、彼女は未だ18歳。
けれどすでに現在につながるスタイルを確立していたと言えた。
「口先だけの自称ベテランなんぞに、このマリアベール様が尻尾振るわけねえだろッ! ふざけやがって、モンスターより先にテメェからたたっ斬ろうか、アアッ!?」
「っ、の、ガキがぁ!! 先輩に対して敬意を払うってことを知らねえのかぁ!!」
「知らんねえ、そんなもん! 大体テメェらみたいなろくでなしが先輩? 冗談は休み休み言うもんだよ、ハハハ!!」
高らかに嘲笑するマリアベール。彼女はこの頃、いわゆる大の"先輩嫌い"であった。
なまじ己の実力が高いことからの驕りでもあったが、それ以上に質の悪い、後輩や新人と見るや嫌がらせからハラスメント、いじめ行為を行うような連中への怒りと嫌悪が彼女を荒立たせていたのだ。
少女時代の淑やかな言葉遣いもすっかり消え去り、今や荒くれ者同然の気性の荒さである。
「ま、マリー先輩……!」
「ユリアン、大丈夫かい? そこのボンクラに変なことされちゃいないだろうね?」
「は、はい! ありがとうございます、助けてくださって!」
「ハハハ、良いって良いって! 私に感謝するくらいなら、その分だけあんたもいつか先輩って呼ばれるようになった時には、ちゃんと後輩を助けてあげられるようになっときなよ!」
反面、彼女は後輩や新人に対しては優しく接するきらいがあった。
自身も先輩と呼ばれ始めた頃合いに、翻っては今、殴り飛ばしたような輩と同じに見られたくないという思いがあったのだろう。
現代の探査者界隈では後輩や新人指導は手厚く行われており、また心身の尊重、人権の重視、いわゆるコンプライアンスなど細部に至るまで保証されている。
そうした制度の整備には、WSO特別理事にまで登り詰めたマリアベールの意図が大きく反映されていると見る向きもある。真相は定かでないが、そうした話が出るほどに彼女の"親分肌"は界隈では有名なエピソードなのだ。
「フランソワ! ガキだと思って優しくしてやったらつけあがりやがって、そろそろいっぺん締めなきゃならんようだなあ!!」
「テメェはツラと身体は良いんだからよ! そろそろ分からせてやるかぁ!!」
「あ、お前ら! ……しーらね。逃げだ逃げ。ここにいたらマジであの狂犬に殺されちまう」
殴り飛ばされた男とその取り巻きが数人、激昂してマリアベールを取り囲んだ。悪しき先達として、後輩への害意を剥き出しにした悪辣な殺気を飛ばしている。
それを見て他の、比較的まともな探査者達はその場からそそくさと逃げ出した。
何度となくあった展開だ……それゆえ今回も末路が分かる。マリアベールは天才だ、勝てるわけがない。返り討ちにあって終わりだし、なんならそこから波及して見ていただけの自分達も十把一絡げに半殺しにされる可能性がある。
"狂犬"マリアベール。この頃、彼女につけられていた二つ名めいた愛称だ。
由来は当然、目上にあたるはずの者にこそ噛みつき殴りかかる狂気の闘志と反骨心ゆえ。
83歳にもなった現代においてはすっかり物腰柔らかな老婆となっている彼女だが、65年前の姿はと言えば若さゆえのこともあり、苛烈で豪胆な気性の戦士であった。
「ほー……上等だ、まとめてかかってきなッ! このマリアベール・フランソワ様がテメェらの曲がりきった性根、叩き直したらァッ!!」
さすがに刀は抜かず、拳を握り叫ぶマリアベール。
この後、先輩探査者達は全員ものの見事に病院送りにされた。マリアベールに指一本触れることも叶わず、半殺しにされたのだった。
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