35年目-2 12年ぶりの共闘
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヴァール(???)
エリス・モリガナ(30)
イギリスにて第四次モンスターハザードの気配あり。そう報せを受けたWSO統括理事ソフィア・チェーホワは現地へ出向く前に一人、とある人物に連絡をいれることにした。
9年前の第三次モンスターハザードの際、たまたま出くわした折に一応の連絡手段を構築していた人物だ……エリス・モリガナ。
もう12年もの間姿を晦まし各地を転々としているらしいかつての仲間に、ソフィアの名義を用いたヴァールが、届くかどうかも分からない手紙を送付したのである。
『第四次の兆しあり。至急WSO本部へ来られたし』
『了解で〜っすハッハッハー! 今度は出会い頭に鎖打ち込んでくるのやめてくださいねー』
──とまあ、これが実際にヴァールによる手紙の文面とそれに対するエリスの返答だ。
この頃にはエリスも、永らく世界中を見て回ってきたことで口調や性格が変わり、飄々とした軽さの少女になっていたのだが、そんなことは9年間会っていなかったヴァールに分かるはずなどなく。
結果として彼女は、返ってきた手紙が本当にエリスのものなのかどうか疑ってしまい、筆跡鑑定など大仰な解析を行う羽目となったのであった。
本当にエリスだった。ヴァールは彼女にしては珍しく、常の無表情を崩して唖然とした面構えで目の前の少女……エリス・モリガナを見ていた。
WSOは本部施設内、WSO統括理事室のテーブルに二人、対面してのことだ。
青い髪の色はそのままながら、かつては腰元まで伸ばしていたのに今では肩口でバッサリと切っている。
顔つきも、少なくとも9年前に見た時にはまだ楚々とした、というべきか……大人しい微笑みを浮かべるのがよく似合う、村娘相手に言うのはなんだが気品あふれる少女だったのだ。
「いやーお久しぶりですハッハッハー! なんか第四次モンスターハザードっていうんでエリスさんてばやってきましたよー。まったく世の中、忘れた頃にワルがはびこるもんですねー」
「う、む……? エ、エリス・モリガナ? なのか……?」
「ハッハッハー、言われると思ってました。いかにも私はエリス・モリガナ、今年で30歳のピチピチ不老少女ですよハッハッハー」
「……………………」
それが今ではこの調子。何かにつけ軽妙に笑い、ジョークを飛ばし、そして明るく振る舞っている。
いずれもかつての彼女からは想像もできない姿だ。
それに完全に動揺してしまい、ヴァールはひとまず落ち着くことにした。
最近、激務の合間の休日に多少嗜むようになっていた酒を机の引き出しから取り出し、グラスを2つ用意してそれぞれに注ぐ。
「えっ…………えっ、お酒? ……お酒!?」
むしろこれに驚いたのが当のエリスだった。ヴァールがよもや、おもむろに酒など取り出すとは思ってもいなかったのだ。
12年前、第二次モンスターハザードの際に行動をともにしていた時、彼女は一滴も酒など飲まなかったはず。それを執務室にグラスごと置くようになっているなど、これこそ想像の埒外というものだ。
お互いに目を白黒させて、お互いの顔を見る。
とりあえず注がれた酒を一口含み──しかも意外とキツい、ウイスキーだ。エリスはさらに動揺した──二人はそれぞれ、口を開いた。
「ついに、心を病んでしまったのか……? なぜそんなになるまで一人きりでいてしまったのだ、エリス……!」
「もしかして、ストレスのあまり酒に溺れてるんですか……? なんでそんなになるまで頑張っちゃうんですか、ヴァールさん……!」
「…………んん?」
「…………はい?」
互いを心配しての言葉。ヴァールはエリスが永年の孤独に耐えかね精神を損ねてしまったと勘違いし、エリスはヴァールが永年の責務に耐えかねアルコールに逃避してしまったと勘違いし。
どちらも壮絶な誤解をしたまま、乾杯もしなければ本題にも入らず嘆き始めてしまっていたのだ。
とはいえどちらも怪訝な表情を浮かべるのだ、何かがおかしいとこの時点で両者、思い違いに気づき。
軽い確認の後、それぞれより良い生活のための変化であることが判明し、ホッとしたように息を吐くのだった。
「まったく紛らわしい……ラウラや他の面々が見れば間違いなく同じ誤解をしていたぞ」
「ハッハッハー。でも激務の中で嗜むようになったってあたり、酒に逃げてるってのはまったくの誤解でもないのでは?」
「そこまで溺れているわけでもない。週に一度、グラスに一杯二杯程度の話だ」
軽口を叩きあう。12年前とはいささか、異なる関係性……
それでもあの頃とまるで変わらぬ見た目と絆でもって二人はこの時、ようやくまともに落ち着いた形で再会を祝い合うのだ。
グラスを、軽くぶつけ合う。
「ああ、まあとりあえずは乾杯だ……よく来てくれたな、エリス」
「まだ、家族や仲間と会う踏ん切りはつけられてないんですけどね……それでもまたモンスターハザードが起きると言うなら、そしてあなたが助けを求めているのなら、私はこれに応えたいと思いました」
「お前の想いや選択にはもう、ワタシからは何も言うまい……だがこの時、この局面では誰よりも頼りにさせてもらうさ」
「光栄です、ヴァールさん……乾杯」
蟠りのない信頼だけがただある間柄。人はこれを指して友情と呼ぶのかも知れない。
ひどく穏やかな気持ちで二人、時を超えても老いることなき存在達はそして、グラスを傾けたのであった。
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