32年目 マリアベールと日本刀
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(14)
トマス・ベリンガム(34)
S級探査者マリアベール・フランソワと言えばやはり、まず最初に思い浮かぶのはスキル《居合》による居合術だろう。
文字通り目にも止まらぬ超神速の斬撃は、S級モンスターでさえも一撃の下に断絶せしめるだけのまさしく必殺剣だ。
そんな彼女の必殺剣を支え続けたのが言わずもがな、日本刀である。
マリアベールが探査者となった70年前にはイギリスにもほとんど流通していなかった極東は日本国の武器である刀を、しかして彼女はキャリアの最初期からすでに入手し、愛用品として遣い続けてきた。
いかにしてそのような貴重品と出会うことができたのか。
そこには人の縁に恵まれた彼女ならではの出会いがあった。
ステータスを得たマリアベールだったが、ファースト・スキル《ディヴァイン・ディサイシヴ》がまさかの封印中という、類例を見ない奇妙な状態だったために探査者デビューは二の足を踏むこととなった。
全探組にこそ登録はしたものの、事実上スキルも何もない状態ではとてもでないがダンジョンになど潜らせられないと関係各所から親兄弟に至るまでが見解の一致を見たのである。
それでもどうしても探査者として、ダンジョンを探査することで生きていきたいマリアベールの熱意も相当なものだった。
駄々こねから泣き落としまで、あらゆる手段を尽くして親を説得してみせたマリアベール14歳。そんな彼女に、仕方ないとばかりに親は一人の探査者を娘に引き合わせた。
使いものにならないファースト・スキルの代わりに、スキル《剣術》を習得させるべく知り合いを呼んだのである。
「──つっても俺にできることなんて、娘さんが気に入った剣を見繕うくらいしかできないんだけども。チャールズの旦那、それで良いんですかい?」
「もちろんだとも。すまないねトマス、娘にはせめて良い武器を持たせたくて。本当はそもそもダンジョンになんて行って欲しくはないんだけれど」
フランソワ邸、リビング。大きなテーブルには敷物が敷かれ、その上に刀剣類がずらりと並んでいる。
古今東西の様々な武器だ……持ち込んだのは探査者トマス・ベリンガム。マリアベールの父チャールズの友人であり、スキルを獲得してすでに20年近くにもなる、この時期にしてはベテランの域に達している男だ。
第二次モンスターハザードの際にはWSO統括理事ソフィア・チェーホワとも共闘したという、いわゆる英雄とすら呼べる探査者であった。
ワイルドな髭を生やした三十路すぎの男がこうして武器を用意したのは、ダンジョンに行きたがるマリアベールのために剣を用意するためである。
スキル《剣術》の習得方法はこの時期すでに判明しており、刀剣類を使ってモンスターと戦い続ければ早期に獲得できるという、割合楽な条件だ。
それを満たさせるため、また探査者デビューを控えた娘のためにと、わざわざこのような用意までさせたのはひとえに父の愛というものだろう。
しかし……
「アッハハハ!! すっごーい、これ全部武器なんだ! よーし私この中から似合いの剣持って、ぜっったいダンジョン行くから! モンスターやっつけてやっつけてやっつけまくるからー!!」
瞳煌めかせて並べられた武器を見てはしゃぐ娘を見るに、そうした親心は伝わっているかどうか微妙なところだ。
苦笑いしたチャールズが、トマスに向けて肩をすくめた。
「…………この調子でどうにも困ってね。危険の少ない範囲で、気の済むまで行かせるしかないかなーと」
「ははあ、なるほどなるほど? 泣く子も黙るチャールズ・フランソワ卿も自分の娘相手には弱い、と」
「いやはや、返す言葉もない。すまないけど頼むよ」
貴族としては厳格かつ冷徹で名を馳せるチャールズも、娘を持つ父としてはどうにも厳しくなりきれない甘い面を見せる。その姿が面白く、トマスは笑いながらうなずいた。
武器に視線が釘付けのマリアベールに向け、説明を行う。
「今日持ってきたのは今のお嬢ちゃんの背丈に合った武器ばっかだ。これから成長していけば身長も伸びるかもだし、そうなったらそうなったでまた、自分に見合った武技を新調する必要がある」
「そうね! 私、たぶんこれからぐーんと背が伸びるもの! おじさんと同じかそれくらい!」
「そりゃいい、そうなったらここにある武器じゃ物足りなく思うだろうさ……旦那、武器屋の場所は教えときますんでそん時ゃ都度、この子自身で選ばせてやってください。仮に探査を続けるならの話ですが」
けらけら笑いながら、未だ140cmと小柄なマリアベールの頭を撫でるトマス。
この数年後、マリアベールはものの見事に身長が伸び、トマスをも超える180cm超えを果たすことになり彼を驚かせるのだが……それはまた別の話である。
と、マリアベールの目に一本の武器が映った。
光を反射して美しく煌めく刀身、イギリスにては見かけない装飾の鍔、柄。何より触れるものすべてを切り裂くかのような、鋭い刃。
──すべてが少女の好みど真ん中だ。息を呑み、彼女はそれを指差しトマスに問うた。
「これ……これ! 見たことあるわ、日本のサーベルよね!?」
「日本刀ってのさ、お嬢ちゃん。俺の恩師の故郷の武器で、向こうじゃ大ダンジョン時代が始まるずっと昔から、そいつを振り回して切った張ったしてたんだと。怖いねえ」
「カ……カッコイー!! 私これ! これにするー!!」
「おいおい。扱いが難しいんだぜそいつぁ、サイズの小さな小太刀だろうとよう」
まさしく一目惚れ。稲妻が走るような感覚のままに夢中になったその武器こそが日本刀。
分類的には短刀に近いいわゆる小太刀と呼ばれるそれこそが、マリアベールが最初に選んだ武器だった。
それがはじまりだ。
以来彼女は自身の成長に合わせて刀のサイズを見合ったものに変えていき、使い続ける中でスキル《剣術》を獲得。
我流剣技・大断刀を編み出し、自身の探査者としてのスタイルに組み込むことに成功したのである。
すなわち今後70年にも及ぶ探査者人生の、真の意味での始まりがこの瞬間と言えたのだった。
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