31年目-1 ダンジョン聖教、聖都にて
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(26)
トマス・ベリンガム(33)
第二次モンスターハザード以来、度々ヴァールに見つかっては打たれたり戦ったり謝られたりしていたエリスだが、大ダンジョン時代30周年を迎える頃、一つの奇妙な噂を耳にしていた。
ダンジョン聖教──2年前から北欧を中心に、猛烈な勢いで各地に伝播している大ダンジョン時代ならではの教義を備えた新興宗教が定める"聖地"についてである。
エリスはこの間、アメリカに渡っており件の宗教についてはまったく関知していなかったのであるが……たまたま出くわしたかつての仲間トマス・ベリンガムと軽く話をしていた際、気になる情報を得たのである。
「なんかラウラの嬢ちゃん、聖女を崇める宗教創ったらしいぜ」
「え?」
「そんでもってお前さんの故郷をなんぞ、聖地とかって触れ込んで一大宗教都市化を考えてるそうだ。変に思い詰めた挙げ句、突然意味不明な行動に出るのは《聖女》の称号効果だったりするのか?」
「えぇ……?」
「悪いこたぁ言わんからいっぺん、故郷に帰っとけって。家族や嬢ちゃんに会うかはまた別にしても、なんかおかしなことになっとるみたいだしな」
妹のように想っていた少女があれから8年、ずいぶん突拍子もない方向に暴走してしまったらしいことを受けてエリスはすぐさま故郷の地を踏んだ。
未だに家族に会う踏ん切りはつかないものの、とはいえ生まれ育った村を何やらとんでもないことにされていそうな話を聞かされては、様子見くらいはせざるを得なかったのだ。
そして、彼女はそこで驚愕の光景を見ることとなる。
現代においても燦然たる宗教都市として名高いダンジョン聖教の聖地、その雛形がその頃にはもうできつつあったのだ。
ナニコレ。
初代聖女エリス・モリガナが実に8年ぶりに目にした故郷に対する感想は、その一言に集約されていた。
長かった髪を肩口でバッサリ切り落とし、裏社会を転々とするうちに舐められないようにと口調まで変えた。
性格もどこか飄々とした軽さを備え、久し振りに会ったトマスにも目を白黒されつつも無事なことに安堵された──その程度には誰にも害されぬままに生きてきた彼女をして、生まれ故郷の変貌ぶりは驚きに値するものだったのだ。
「我らが神の像はここに置くことにしようか。銅の確保はできたのか?」
「バッチリだ。インフラもラウラ様が国との交渉で整える段取りをつけてくださったし、この村もいよいよ便利になるぞ」
「人口も爆発的に増えてるし、先に住んでおられた方々とももちろん友好的にやれている。このまま規模を村から町に、町から都市に変えていこう! すべては我らが神と聖女様の名の下に!」
「名の下に!」
赤レンガの道があちこちに造られていて、中央広場のようなものが村の真ん中にできていた。
その中心部には銅像を立てる計画を話している、恐らくは外部からの者だろう人々がいる。
そして何かにつけ、詳細不明の神とやらと聖女ラウラを讃える言葉を口にしているのだ。
これはなんの冗談かな? と物陰から隠れて様子を窺っていたエリスは、眼前に広がる現実のすべてに絶句せざるを得ないでいた。
「は……ハッハッハー、いや笑えないねコレ。えぇ……? 一体何がどうしてこうなってこんなことに……?」
最近、身につけた空元気の笑い声もひどく虚しく響いてエリスには聞こえた。とにかく何かしら、大変な変化が故郷に訪れている。
ラウラの名が出てきた以上、彼らがダンジョン聖教とやらの信者であることは間違いない。そして残念ながら今いるこの場所がたしかに自分の故郷であることにも、疑いの余地がない。
混乱と不安。この際ラウラの宗教も村の現状も構いはしない、ただ家族は無事でいてくれるのだろうか?
聞けばずいぶん人口も増えているようだし、元々の村民達と仲良くやれているとか口にしていても裏の意味が隠されていないとも限らない。残念ながらその手のやり取りばかり、エリスは裏社会でずいぶんと見てきた。
「まさかないとは思うけど、別の地域なり地方なりに引っ越しなんてしてないだろうね? ……っと。あれ、は」
「やあ、精が出ますなぁみなさん」
「…………ッ!!」
不安から、どうしてもネガティブな方向に発想してしまうエリスだがそんな折、広場にやってくる男性を見つけて密やかに息を呑んだ。
50手前頃の男性だ。ひどく見覚えがある……否、忘れようがない。8年という時を経てずいぶん老け込んで見えるが、たしかに覚えている。
父だ。昔と変わらぬ人好きする笑みを浮かべて、元気そうに佇んでいる。
思わず叫び声をあげそうになり、咄嗟に口元を押さえる。それでも涙が溢れ出て、エリスは潤みに滲む視界を、必死になって擦った。
「お父さん……っ! お父さん、お父さんだ。元気そうに、ああ、お父さん……!!」
「おお! モリガナさん、どうもこんにちは。いやはや、ようやくってほどでもないですが、目処が立ちましたよ」
「この村もどんどん発展していきますよ! すべては聖なるラウラ・ホルン様とその育ての親であらせられるモリガナさん、あなた方の御力ですとも!!」
「いやいや、すべてラウラが頑張ったことですとも。実際、ここまでのことになるとはまるでちっともこれっぽっちも思ってませんでしたし、ははは……いやー何してんですかねほんと、あの子」
「…………っ」
信者達からも尊敬すべき人物と捉えられているのか、丁寧に接されている父が、困ったように笑う。
その姿さえ、記憶にある昔日と重なり、もう、エリスはその場にいられなかった。
気配を消して踵を返す。
故郷はなんかアレなことになっていたけど、それでもそれをきっかけに帰ってきて良かった。一目、父の元気な姿を見ることができて良かった──心からそう思う。
「ハ……ッ、ハ、ハッハッハー……ッ! 元気そうで良かった! ……本当に、良かった……!」
滂沱の涙を流しながら、それでも笑い、エリスは喜びを口にする。
思わぬ帰郷と、一目見れた父。それだけでもう十分に過ぎると、エリス・モリガナは泣きながらその場を後にするのであった。
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