26年目-3 対決!エリスとヴァール
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(21)
ヴァール(???)
極東アジアは日本国にて起きた第三次モンスターハザード。結論から言えば初代聖女エリス・モリガナもまたこの地を訪れ、陰ながらモンスター達を倒すことで人々の安寧を護り続けていた。
この時より三年前、第二次モンスターハザードの最終局面で唐突に消息を絶った女だ。
すでに20歳を超えているものの、件の局面にて獲得してしまったスキル《不老》の影響により18歳の頃の姿から一切年を取っていない。
そしてその特異体質がゆえに己の行く末を儚み、一人姿を消してしまったという経緯をも持っていた。
そんな彼女だが、それでも探査者としての正義と信念はいささかの穢れもないままで。だからこそ第三次モンスターハザードの予兆が日本にあると知った際、すぐさま来日したのである。
身元が割れるとまずいことになる──WSO統括理事に捕捉されてしまう──ため、地元探査者や全探組にさえ姿を隠しつつのモンスター退治を繰り返す形となり。そうして少しずつスタンピードの原因を探り、ついにその真相の一端を掴みさえしたのだ。
孤独な快進撃。しかしそれも、やはり長くは続かなかった。
現地入りしたヴァールがあっさりとエリスの動きをキャッチして、先回りして彼女を待ち構えたのである。
大ダンジョン時代26年目、年明けを目前にした季節の頃合いだった────
「久し振りだな、エリス……大人しく捕まれっ! 《鎖法》、鉄鎖乱舞!!」
「いきなりですねっ!? 《念動力》!!」
こちらに向けて放たれる無数の鎖を、咄嗟に発動したスキルでまとめて制止する。
放浪した三年の間、エリスは自身のファースト・スキル《念動力》の世間一般での使い方を習得していた。
すなわちナイフや自身を強化するためなどでなく、己が思念にてあらゆる物体を操作すること。
それをもってヴァールの《鎖法》により顕現した鎖は、ピタリと空中にて動きを止めたのである。
一瞬目を見開くヴァールだがもちろん、そんな程度で狼狽するはずもなく即座にスキルの発動を終わらせ駆け出す。
近接戦闘に長けたエリス相手に距離を詰めるなど、三年前なら取らなかった手段だがもはやそうも言っていられる相手ではない。
引き出しが増えたことでいよいよ自分の手にさえ余るようになってきた。
そのことを場違いにもどこか嬉しく思いながら、ヴァールはそして、エリスを制圧すべく掌底を放った。
「くらえっ!」
「っ、《念動力》──!?」
「武器の強化をするには遅かろう!」
あえて自分の本来のレンジに潜り込んできたことで、自然な動きのままナイフにスキルを発動しかけたエリスだが、それが間違いだというのに気づいたのもまた、自然なことだった。
掌底を避けながら《念動力》を発揮してナイフを強化しつつ迎撃体勢に移行する──動作が多すぎる!
相手はモンスターでなくヴァール、こちらの手をも知り尽くしているかつての戦友、偉大なる先輩だ。こんな半端な動きが通用するわけがない!
もはや本能的に察知してエリスは無理矢理そこから戦法を切り替えた。顔に迫る掌底をギリギリで回避するのは元より、しかしそこからその腕を掴み、今度はヴァールをあえて引き寄せる。
「何っ!?」
「そちらこそ、慣れない距離感で仕掛けるには甘いですよっ!!」
「────《鎖法》ッ!!」
思わずバランスを崩す彼女の、鳩尾に拳を突き立てようとするもそれはさすがに叶わない。
ヒヤリとした感覚に襲われたヴァールが、完全な焦りとともに発動させたスキルの鎖。それを幾重にも巻き付けた左腕でもって、エリスの攻撃を防いだのだ。
そのまま固まる二人。至近距離から、互いの息がかかるほどの距離で見つめ合う。
「3年前にはなかった技だな。どこをうろついていたかは知らんが、ダンジョン探査はきっちりやっていたものと見るが」
「ええ、はい。それはもちろん、人間でなくなっても私は、探査者ですから」
「《不老》……スキルによる不老体質の獲得。にわかに信じられなかったが三年前とまるで変わらないお前の姿に今、確信せざるを得ない。お前は変質した自分を誰にも見られたくなくて、逃げたのだな」
失踪していた期間も変わらず探査者としての使命を果たし続けていたことを喜ぶヴァールだが、すぐに上げていた口角を下げ、無表情の中に沈痛な色を浮かべてにわかに俯く。
二年前。スウェーデンで一瞬だけ接触した際にエリスが言っていたことの意味をようやく理解したのだ。
これまではそんな馬鹿なと、しかし彼女がそんなジョークを言うはずがないと悩んでいた。
しかし今、あの頃とまるで変わらない少女の姿を見れば否が応でも理解してしまえる。
彼女の時が止まっていること。
通常の人間として、決してあってはならない状態に陥っていることを、だ。
「だがな、エリス。それがどうした」
「……え?」
「お前は人間だ。多少老いなくなっただけのエリス・モリガナだ。人間でなくなっただとか、そんなことを言わないでくれ……すまなかった。ワタシが巻き込んだせいで、お前をつらい目に遭わせてしまった」
「ヴァール、さん」
戦闘態勢を解き、数歩下がってヴァールは──深々と頭を下げ、心からの謝罪をした。
自分が見込んだために、そして巻き込んでしまったがゆえにもう二度と歳を取れなくなってしまった少女に対し。もう取り返しがつかないが、それでもせめてもの想いで謝ったのだ。
その姿に、エリスは哀切に痛む胸を押さえて瞳を閉じた。こんなことをさせたいわけでは決してなかった。だのに、自分のせいでこの人は今、頭を下げている。
すべてはなるべくしてなったことなのだと、もう仕方のないことなのだと納得していた彼女にとっては、尊敬するヴァールがそこまで気に病んでいることは何よりも辛いことだった。
語気を強め、彼女の肩を掴み、言う。
「あの事件に関わるきっかけはヴァールさんだったかも知れませんけど、それでも関わろうと決めたのは私です。だからこれは、私自身の意志と選択の結果なんです……あなたは悪くありません」
「エリス……後生だ、頼む。せめて家族とラウラの元には顔を見せてやってくれ。彼ら、彼女らは今もずっと、お前を待っているんだ、エリス……!」
「……それだけは、どうか。人間だと言ってくださったことは嬉しいのですが、やはり歳を取らない私など不自然なのです。不自然なものは、あの美しい故郷に還るべきとは思えません」
頑なに首を振るエリス。
どうしようもなく自身の存在を、人間的なものと思えていない様子の彼女に、ヴァールは……改めて、謝罪を告げるしかないのだった。
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エリスとヴァールが和解して共闘する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
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