25年目-1 星界拳に栄光あれ!!
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・カーン(享年49)
シェン・ラウエン(26)
大ダンジョン時代が始まってからもうじき四半世紀が経つ頃。シェン一族はある一つの、大きな転機を迎えようとしていた。
それは決して良いきっかけとは言えないだろう──先代里長の危篤。星界拳の始祖たるシェン・カーンが病に倒れ、もはや余命幾ばくもない状態だというのだから。
超人的な能力が備わると言っても人間は人間、生物であることには変わりない。
であればよほど健康に関係したスキルなり称号効果なりを持たなければ、能力者とて時には怪我もするし病にも罹る。
それがカーンの場合、致命的な病であり。
気づいた時にはもはや、手の施しようがないほどに進行してしまっていたということでしかなかった──
咳き込めば身体が軋み、激痛が襲い来る。その感覚にももはや、顔を歪ませるだけの反応を示すことさえかなわずにカーンは内心、さらなる諦念を滲ませていた。
シェン一族の里、カーンの家。家族や里の者達に囲まれ、布団にて横になっている彼は今にも消え果てそうな命と意識を懸命に繋ぎ止めている。
「先代様! どうか死なないでくださいィッ!!」
「生きて、生きてもっと我々にご指導を! シェンをお導きくださいッ!!」
「父さんっ!! 父さぁぁぁんっ!!」
口々にカーンへと呼びかける里の者達。みな知った者ばかりだ、息子のシェン・ムーチェンさえいる。
誰もがカーンにまだ生きてくれと、自分達を導いてくれと叫んでいるのだ。それがどうにも嬉しく、しかし心を鬼にした。
最後の力を振り絞り、ゆっくりと身を起こす。
かつては鍛え抜かれた肉体は病魔に打ち負け痩せ衰えた。これでは技も、星界拳の業も今や見る影もないだろう。
この場にソフィアがいなくて良かった。
約束を交わした彼女に、このような姿を晒して失望されなくて済む──実際には決して彼女がそのようなことを考える人物ではないと承知の上で、しかしカーンは安堵した。
若き日、世話になった大恩に報いるべく走り抜いて早20年。あっという間だったが、片時もあの約束を忘れたことなどない。
すなわち星界拳を末代にまで伝承させ、その中で鍛錬を極めた末に現れる"完成されしシェン"をソフィアの元に送り届ける。
そして彼女が持つ"救世技法"を受け継ぎ、断獄なるモンスターを倒すのだ。星界拳とは畢竟そのための流派であり、シェン一族はそのための一族と成り果てたのだ。
すべてはその先にある一族としての栄華、栄光。そして星界拳をこの世すべてに轟き響かせるがため。
シェン・カーンという個人だけでなくシェン一族という、より大きなものが未来永劫の繁栄の光に浴するために。彼は奮起してシェンの里を作り上げたのであった。
だが。だからこそ、自分のことはもう良いのだ。
カーン個人のやるべきことはもう、終わった。そういうことなのだろう。
正座し、一同に向き直る。痩せこけた身体、血色の悪い顔にしかし、たしかな信念の光を宿した瞳を鋭くさせて。
彼は、言葉を発した。
「みんな……今まで、こんな私についてきてくれたこと、心から礼を言う。ありがとう、ございました」
「始祖カーン、何を弱気なっ!?」
「自然に還る時が来たのだ。私の役目は終わった。里を興し、星界拳を創り、一族とともに歩み……そしてラウエン、次代たるお前に里長を譲った」
「先代……ッ!! はいッ! このシェン・ラウエンはたしかに、先代のご意思を引き継ぎましたッ!!」
か細く震える声。もはや言葉を発することさえ辛そうな様子に、里の者達は思わず落涙を禁じ得ないでいる。
そんな中、一人カーンに呼びかけられたラウエンは、彼からシェン一族の長の地位を受け継いだ新たな星界拳継承者として力強く答えた。
始祖は今、後進たる自分の涙や湿っぽさなど求めていない。
ただひたすらに強く、逞しくみなを引っ張っていける気勢をこそ求めているのだと、心で理解したからだ。
そしてそれは正鵠を射ており、カーンは優しく微笑んだ。
「その声を聞けば分かる、何も心配はいらない……カーンなくともシェンはある。一族とともに受け継がれゆく星界拳がある限り、私の魂も一欠片、その技、その武に宿るだろう」
「……星界拳に、シェンの魂をも込めて」
「左様。忘れるなみんな。受け継ぐとは、後に続けるとはそういうことなのだ。託していく者達は己が魂を、その教えの中に少しずつ遺し。託された者達はその想いさえ背負って、より高みへと至るべく励む。そしてそれこそが、ソフィア・チェーホワの求める"完成されしシェン"へのたった一つの道のり」
意識が遠のいていく。だがカーンに恐れは何もない。
言った通りだ、我が魂は星界拳とともに在り。己だけでなく数多の星界拳士達の魂がどんどんと星界拳に宿っていき、それをさらなる次代が継承、練り上げていくことで──
いつか必ず、シェン一族の完成形はこの世に姿を見せるのだ。そう信じている。
もう何も見えない、聞こえない。
すべてが薄れていくような感覚の中、心地良さに微睡みさえしながらも。
彼は最後に一際大きな声で、叫んだのだった。
「────星界拳に栄光あれ!! シェン一族よ永遠なれッ!!」
「シェン・カーンッ!!」
「それでは、さらばァッ!!」
最後の最期。別れの言葉まできっちりと叫びきって彼の魂は現世でない場所へと旅立っていった。
星界拳始祖シェン・カーン。享年49歳。
生涯の大半を己が武、己が一族に捧げきった男の、見事な往生際であった。
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