100年目-3 救いを待ち続ける時代、そして──
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヴァール(499)
100年祭の後夜祭とも言うべき、チェーホワ邸でのごく親しい者達との宴も終わり、各人ホテルに帰っていった深夜。
ソフィアに代わり表層にでた裏人格ヴァールは、その途端にふらつく酩酊を覚えて目を丸くした。
「ん……ソフィア? 飲んだのか、珍しく。量もそれなりだな、これは」
心は、魂は異なれど身体は共通のもの。ゆえに身体に貯まったアルコールの影響は人格を切り替えたとてリセットされるはずもなく、目を覚ました途端に酔い心地になるという現象が起きていた。
珍しいことだ、ソフィアにしては。どちらかと言えば普段から呑むのはヴァールのほうであり、ソフィアはあまり呑まない質なのだが。
だがそれも今日ばかりは仕方のないことだったのだろうと、同時に思う。
大ダンジョン時代100年……二人の戦いが再び幕を開けてから、それだけの時間が経過したのだから。
私室の椅子に腰掛ける。軽く吐息を漏らして、ヴァールは虚ろ目に天井を見つめた。
「100年か。いろいろあったが、なんとかここまで漕ぎ着けたな……準備も、ほぼ整った。決戦スキルの所在は把握できているし、"完成されしシェン"もついに現れた」
様々な、本当にあらゆる悲喜交交があった大ダンジョン時代を想う。そしてその果てに訪れた、千載一遇の機会もまた。
つい先日、永らく連絡を取らないでいたシェン一族の里長から連絡があった。100年前に始祖カーンとチェーホワ統括理事との間に交わした約束を、果たす時が来たと。
"完成されしシェン"。ヴァールを超え、断獄を打ち倒す使命を引き継ぐ者。
遠い昔の約束を彼らシェンは頑なに護り続け、健気なまでに目指し続けて。そしてついに辿り着いたのだ。
「シェン・フェイリン。未だ13歳の少女と聞くが……彼ら一族がああまで推すのだ、その実力は間違いないだろう。カーン、ラウエン、そして数多のシェン達の苦労がとうとう報われたのだ。彼らには、辛い思いをさせてしまったな」
在りし日、友誼を結んだシェン達を思い返してしみじみとつぶやく。正直、どこかのタイミングで彼らは約束を諦めるだろうと思っていたところはあった。
特にラウエンの死後、三代目里長になってからはヴァールも意図的に連絡を断つようになっていた……いつまでも自分達の約束に一族すべてを付き合わせるのも悪い、そう思って。
けれど彼らはやり遂げた。ヴァールの思惑をも超えて、不断の努力を一族のすべてを賭けて行い、フェイリンという完成形を生み出したのだ。
心底から敬服せざるを得ない。いや、シェン一族だけでなくエリスやマリアベール、アラン、フローラ、ロナルド……彼らを始めとした、この世に生きるありとあらゆる探査者達に対して。
ヴァールは例えようもない感謝と尊敬を抱かずにはいられなかった。
「彼らの奮闘に、努力に、報いねばならない……だが、そのためにはやはり"後継者"が現れんことにはなんともならん。それがいつになるかだな、問題は」
力を尽くしてくれている現世に対して、"我々"はなんとしても応じなければならない。大ダンジョン時代の発端となった諸悪の元凶、すなわち"邪悪なる思念"を討ち取り、すべてが袋小路に陥ったこの世界を救わなければならない。
その思いはあるのに……けれどなお、決定的に足りない要素があった。
ソフィアとヴァールにとっての真の"後継者"。
大いなる存在との盟約成りし時にこそ現れるだろう、真に世界を救う者。救世主。
ここまでお膳立てが整ったならば出てきてもおかしくないが、ヴァールには未だになんの兆しも見えないでいた。
「フェイリンの成長を待ちつつ、か? しかしモタモタしていると今度はマリアベールが保たない。ベナウィももう40過ぎだ、全盛期もそろそろ終わるだろう。《究極結界封印術》を、おそらくは将太から受け継いだと思しき御堂香苗はまだしも……」
決戦スキル保持者の現在の状況を考える。
マリアベール、フェイリン、ベナウィ、そして御堂香苗──については推測だ。曾孫をずいぶん可愛がっていたらしい将太であれば、確実に香苗に《究極結界封印》を継承しているだろうというある種の人読みに過ぎない──の四人。
後継者を、最後の闘いに導くために絶対に欠かせないこの四人をトータルで考えれば、そう長く待ってもいられないのが現実だった。
祈るように手を組み、願うように額に押し当てて悩む。大いなる存在に、訴えるように独り言つ。
「今が絶好の機会です……これを逃せば次はもうない。ソフィアの精神も、次にいつ訪れるかも分からないその時を待ち続けられるほど強くはありません。願わくば、どうか御決断を……!」
──何よりソフィアとて、精神自体はただの人間だ。100年も待った末に迫った好機をむざむざ見過ごし、またいつになるか分からない機会を待ち続けるなどできるはずがない。
ヴァールにはそれが一番怖かった。かつて肉体的に滅んだソフィアが、今度は精神さえも損ねてしまうかも知れない。それは、絶対に避けなければならないことだ。
「この大ダンジョン時代は、まさしく救いを待ち続ける時代。であれば、今こそそれは訪れるべきなのです。どうか、どうか──」
ただ、祈る。愛すべき人々、世界、そしてソフィアがこれ以上苦しむことのないように。
終わることない艱難辛苦に、どうか終止符を打つ方が現れてくれるように、と。
ヴァールはひたすらに、静かな夜に祈り続けるのであった。
そして────!!
次回、100年史最終回!!
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