100年目-1 100年祭・1
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ソフィア・チェーホワ(???)
エリス・モリガナ(95)
マリアベール・フランソワ(82)
神谷美穂(70)
グェン・サン・スーン(70)
アラン・エルミード(61)
エミリア・エルミード(53)
フローラ・ヴィルタネン(59)
ロナルド・エミール(42)
ベナウィ・コーデリア(41)
大ダンジョン時代開始から、ついに100年の時が経った。完全に世界はダンジョンがあって当たり前の世の中となり、それを前提とした社会となっていた。
時代を牽引するWSOの尽力による、探査者中心社会──その構築はまさしくここに、ひとまずの完成を見たと言えよう。
さてこの記念すべき年を迎えて、世界各地で大ダンジョン時代100周年を祝う祭りが行われていた。
特に祝うような話でもないのだがそれはそれ、人というのは何につけ区切りをつけたがるもので、そしてその際には必ずと言って良いほどに宴を開く。
かつてから今まで。今からこれからへ。明確に何かが目に見えて変わるものではもちろんないにせよ、それでも変化を、前向きで明るい未来を信じて互いに祝杯を交わすのだ。
100周年の祭ともなれば、それはもう盛大なものだった。
──各地で花火が空を彩り、人々はハレの空気に酔い、浮世を忘れて楽しんでいる。
大ダンジョン時代100周年記念パレードが世界各地で行われる今日、この日。WSO統括理事ソフィア・チェーホワもまた、旧知の知人友人達に囲まれて盛大な宴を催していた。
「ファファファ! ったくついに100年前からなんも変わらない姿のままでしたねえ、ソフィアさんは! 実際いくつなんですかい、ここだけの話?」
「ウフフ、レディに年を聞くのは良くないことよ、マリーちゃん?」
「ハッハッハー。ソフィアさんは昔から年齢のことだけは口が固いからねー。ヴァールさんですらだんまりだし、諦めたほうが良いかもよー」
「ホホホホ! 統括理事にそのようなことを言えるとは、さすがは初代聖女という他ありませぬなあ」
スイスはジュネーヴ、チェーホワ邸。
今日は朝から大ダンジョン時代100周年記念式典が行われ、統括理事としてソフィアが矢面に立ち、全世界に向けてスピーチを行っていた。
その後も世界各国の要人達との国際会議や新たな平和条約の締結などを行い、夕方からは立食パーティーなどをこなして……
そして夜、やっと自由になったところ、各地から自然と集まってきていた友人知人達と合流して屋敷に招き、気兼ねない心地の宴を開いていたのである。
S級探査者マリアベール・フランソワやダンジョン聖教初代聖女エリス・モリガナ。旧くからの友人の中でも特に仲の良い二人だがそれだけに留まらない。
WSO事務総長グェン・サン・スーンをはじめとした様々な知人友人が、揃ってソフィアとこの日を祝うために訪れてきていたのだ。
「クリストフもこっちに来られれば良かったんだけどね……太平洋ダンジョンのこともあるし、仕方ないか」
「俺が残ろうかとも言ったんですけど、あの人は自分が残るって聞かなくて」
「サウダーデさんらしいわねえ。ね、アナタ」
「そうだね、エミー」
アラン・エルミードとその妻エミリア・エルミードが、ロナルド・エミールと語り合っている。
話の内容はもっぱら共通の知り合いにしてアランにとっては無二の親友、ロナルドにとっては敬愛する兄貴分であるクリストフ・カザマ・シルヴァ……サウダーデ・風間のことだ。
当初はサウダーデこそがこの宴に参上する予定だったのだが、急遽用事が入り太平洋ダンジョンに潜る必要が出てきた。
そこで彼はロナルドを代役に立てたのである。ロナルド自身もソフィアとは旧知ゆえ、代わりにスイスへと向かわせるにはベストな人選と言えた。
「いやあ師匠が来られなかったのは残念なような安心したような、不思議な感じですねえはっははは!」
「サウダーデさん、ベナウィくんに会ったらお説教しなきゃって言ってたものね。ふふ、天下無敵、ダンジョン破壊の常習犯も師匠には弱いみたい」
「一回、お灸をすえられても良いような気もしますね、ベナウィくんは……」
「い、いやー人聞きの悪い。私はご覧のとおり、清く正しく美しい模範的S級探査者ですよ? ……ですよね?」
一方ではこちらもS級探査者、ベナウィ・コーデリアが四代目聖女、五代目聖女と歓談している。
フローラ・ヴィルタネンと神谷美穂の師弟だ。フローラはロナルド同様に太平洋から、神谷も行方を眩ませたかつての弟子、元六代目聖女アンドヴァリを追って彼方此方を巡っていた中での訪問だった。
ダンジョン聖教内で静かに起きている、昨年からの大混乱。聖都モリガニアは大聖堂内で起きたスタンピードをきっかけに、六代目聖女が失踪したのである。
それもあろうことか、称号《聖女》を次代のシャルロットに引き継がせないままだ。これには神谷も心底から驚愕し、すぐさま組織の諜報部を用いての彼女の捜索に乗り出した。
同時に、緊急事態ゆえ継承の儀を行わぬままに七代目聖女として就任した、シャルロット・モリガナも当然ながら陣頭指揮に立ち捜索を開始している。
決して外部には漏らせない特大スキャンダルの解決に回る活動の最中、それでもソフィアからの誘いは断れずに宴に馳せ参じたのだ──少なくとも、神谷視点からはそういう認識だった。
この時点での神谷はまだ、本当のことを知らされてはいない。ことが起きた当時、日本に里帰りしていたために全貌を掴み損ねたのだ。
他ならぬ七代目聖女、シャルロットが情報を意図的に改竄して伝えたのである。
本当のこと……すなわち長年の仕打ちに耐えかねて激昂したシャルロットが殺すつもりで攻撃し、不意打ちを受けたアンドヴァリが慌ててシンパとともに逃げ出したことなど知る由もないのだ。
知れば確実に、神谷は暴走して単独でアンドヴァリを始末しに行く。若い頃ならいざ知らず、老いて全盛期などとっくに過ぎた今の神谷では確実に返り討ちに遭う。そう判断しての情報操作であった。
「ダンジョン聖教も、何やらいろいろ大変そうねえ……」
「何がです? 最近、なんかうちの孫より若い子が新しい聖女になったってのは聞きましたけど」
「あ、それ知ってる。偶然にもエリスさんと同じファミリーネームの子だよね。もしかして遠い血縁だったりするのかな、ハッハッハー」
「シャルロット・モリガナさんね……彼女のことも含め、詳しいことは私もよく知らないわ。でも、なんだかまたおかしなことが起こる時期にさしかかってる気がするのよねえ」
そんな神谷を見つつも、そこはかとない不穏な流れを感じ取るソフィア。
対するマリアベールはオレンジジュースを、エリスはハイボールを飲みながら、その言葉にしっかりと耳を傾けている。
ソフィアがそう言うからには、四半世紀前に起きた第七次モンスターハザード以降しばらく平和だった世界に、またなんらかの混乱が生じる流れが訪れているのかも知れない。
大ダンジョン時代も100年を越え、次の100年を見据えていく節目の時期に、また、悪の兆しが見えてくるかもしれないのだ。
「なかなか、モンスターだけを相手にゃしてられんのですねえ、どいつもこいつも」
「ハッハッハー、まあ仕方ないよマリー。人間どうしたところで、良いことも悪いこともつきまとうもんなのさ」
決して尽きせぬ悪の鼓動に、呆れ返るマリアベールと苦笑するエリス。
ソフィアも軽く困ったように微笑みながら……これまでの100年間で起きた騒動を思い返して、やるせない溜め息を吐くばかりであった。
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101年目の物語、「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
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