99年目 鳥籠の聖女
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シャルロット・モリガナ(14)
アレクサンドラ・ハイネン(35)
シャルロット・モリガナという次代の聖女候補を得、アンドヴァリ……六代目聖女アレクサンドラ・ハイネンはいよいよ己の野心の実現に向け、精神のタガを外そうとしていた。
聖女としての活動も15年目を迎え、歳も40歳が見えてきた頃合いだ。そろそろ動くべき時が来たと、永きに亘り被ってきた仮面を外す準備を整え始めたのである。
この頃になれば、弟子であるシャルロットの精神はほとんど破壊され尽くしており、もはやアレクサンドラの言うことに忠実に従い実行するだけの人形も同然となっていた。
当たり前の話だ……数年もの間、食事と睡眠、入浴以外はひたすらに勉学と訓練という日々を毎日続けたのだ。それも合間合間にはアレクサンドラによる躾という名の虐待も行われ、幼い少女の精神は容易く破綻し崩壊してしまっていた。
すでにダンジョン聖教内にも根回しは行っており、次代、七代目聖女の座はシャルロットで確定している。
アレクサンドラの命令に従い、アレクサンドラのためにすべてを捧げる忠実な聖女という奴隷、狗だ。
これをもってアレクサンドラが聖女として15年もの間、委員会とも連絡を絶ってまで行ってきた苦労が報われた……七代目聖女を傀儡として、ダンジョン聖教そのものを自身の野望の贄とする。
亡き母の願いとはまた別に存在するアレクサンドラ自身の理想、夢。野心を果たすための、まさしく私兵とすることに成功したのだ。
────アレクサンドラの本来の見立てどおりであれば、である。
実際にはそうはならなかったのだ。彼女は聖女から一転、ダンジョン聖教内の過激派を掻き集めて独自に委員会と合流しテロリスト集団を形成した。
これはアレクサンドラにとり、完全に誤算だった。ここまで完璧にことを進めていた彼女のたった一つ、しかして致命的な計算違いがあったゆえに。
虐げ、壊し、凌辱し尽くして廃人同然にしたはずの、シャルロット・モリガナが。
この時わずか、14歳の少女が……それでもなお、立ち上がり。
絶対的な存在であるはずのアレクサンドラに、噛みついたのである。
「ふっ、ふふふ、ふふふ……シャルロット。私の最高傑作。あなたは来年から七代目聖女です。私の後継となりなさい」
「はい、アンドヴァリ様。すべてあなた様の仰せのとおりにいたします」
フィンランドはダンジョン聖教聖都、モリガニア。大聖堂の聖女専用の私室にて、アレクサンドラは弟子のシャルロットに指示を与えていた。
いつも通り、躾と称していくらか鞭で打ち据えて……倒れ伏すその頭を踏みつけながらの、聖母めいた微笑みである。
対するシャルロットには、もはや一切の感情がその表情から消えていた。数年にも及ぶ凄絶な虐げの日々に、完全に精神を摩耗、破綻させてしまっていたのだ。
今の彼女はもはや、アレクサンドラの命令に従いその血その肉その命までも差し出すだけの、ヒトの形をした機械に過ぎなかった。
数年かけて"創り上げた"シャルロットを満足気に見下ろし、アレクサンドラは意気揚々と語る。
「長かったですねえ……ですがついにこの時が来ました。ダンジョン聖教はこれでシャルロットを通じて引き続き私の掌中、けれど聖女の座を降りた私は晴れて委員会に戻ることができる。ふふ、ふふふふ! 頑張ってきた甲斐がありました」
「はい、アンドヴァリ様。すべてあなた様の仰せのとおりにいたします」
「後は母の願いを叶え、私の理想に邁進するのみ。うふふ、ふふふふ! 20年前から決めていました、私は必ず"アレ"を手にすると! ああ、そのためならば15年などいくらの苦にもなりはしませんでしたよお」
「はい、アンドヴァリ様。すべてあなた様の仰せのとおりにいたします」
「……うるさいですよお、同じことを何回も」
壊れたように、いや、事実壊れているのだ。同じことを繰り返しつぶやくシャルロットの頭を踏みにじり、満面の笑顔を浮かべるアレクサンドラ。
それでも少女はまたも同じことをつぶやくばかり。仕方ないとばかりに、アレクサンドラはため息を吐いた。
「良いですねシャルロット? あなたは聖女となりますがなんの権利も資格もありません。あなたは私の人形、奴隷、玩具。私の言うことを聞き、私の命ずるがままに身も心も命も魂でさえも捧げるんです。孤児に過ぎないあなたを、ここまで育ててやった恩に死ぬまで報いつづけなさい」
「────」
言い聞かせるように、再度弟子という名の奴隷、玩具に語りかける。
シャルロットを拾ったのは初めからすべてがこのためだった。多少の才覚があるならば誰でも良かったが、なんの因果かあの初代聖女と同じファミリーネームを持つゆえに面白半分に拾い、そして壊した少女。
この少女には自身が野望を果たすまでの間、盛大に世界を引っ掻き回して悪役になってもらうのだ。いわばスケープゴート、アレクサンドラの影武者である。
そうなるようにこれまで仕向けてきたのだ、そうなってもらわなければ困る。
それゆえに当然のように待った、シャルロットからの返事は…………返事が、ない。
訝しむ。にわかに微笑みを薄めた聖女の、脚を。
己を踏みつけにする脚を。
シャルロット・モリガナは静かに、力強く掴んだ。
「は?」
「…………こ、ろ」
静かに、けれど深く、重く。地獄の底から響くかのような、怨嗟の音。
にわかに粟立つ背筋。アレクサンドラは一転、何が起きているのか理解できないまま棒立ちとなってしまった。
──耐えられるはずがない。耐えられるはずがないのだ、常人には。
こんな仕打ちも、こんな日々も、こんな人生も。
けれども少女は耐えきった。ギリギリのところで踏ん張った。それでもなお、恩人に報いようとした。だから耐えきれた。
少しでも愛があってのことと信じて。身も心も、命でさえも捧げようと。その気構えでいた。他ならぬ、彼女自身の意志で。
ああ。けれど、ああ。
魂までと言われては、もう。ただの人形、奴隷とまで言われては、もう。
死ぬまでかくあれかしと願われれば、もう。
「ころし、て……やる」
「シャル、ロット────!?」
「ころ、してやる。ころしてやる、ころしてやる、ころしてやるころしてやる。ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる────!!」
もう、耐えきれるわけがない。
──殺すしかないじゃないですか、先生。
「っこ……殺してやるッ、アレクサンドラァァァァァァッ!!」
「なっ、に、を。シャルロット・モリガナッ!?」
「《光魔導》ッ!! バァドケェジィッ・プリズンサジタリウスゥゥゥゥゥゥッ!!」
絶叫。あるいはそれは、これまでの己を完全に崩壊させる断末魔の産声だったのかも知れない。
アレクサンドラは壊したと思っていた。耐えきれるわけがないと高を括っていた。けれどシャルロットは耐えていた。
耐えて、それでも慈悲を信じていた。
それなのにその慈悲さえもまやかしだと知った……少女が壊れるには、十分に過ぎた。
《光魔導》が発動する。少女の歪んだ精神を体現したかのような、哀れなまでに光り輝く鳥籠が現出した。
──この日。
ダンジョン聖教聖都モリガニアに激震が走った。
六代目聖女アンドヴァリと、七代目聖女候補シャルロットがお互いスキルを用いての殺し合いを行ったのだ。
そしてその果てにアンドヴァリは予てより従えていた己の派閥を連れてモリガニアを出奔。称号《聖女》を抱えたまま行方を晦ますこととなる。
あまりの事態にダンジョン聖教首脳陣は緘口令を敷き、大聖堂内でスタンピードが発生しかけたのをシャルロットが食い止めたという筋書きにして各所に伝えた。
そして報道が鎮静化するのを見計らい、これより一年後にはシャルロットを称号を、歴代聖女にさえ完全に隠したまま七代目聖女として認定。
背信者アレクサンドラ・ハイネンの捕縛と簒奪された称号《聖女》の奪還に向け、騎士団を率いて動き出す。
かくして鳥籠の聖女は偽りの聖女を追って現代、救世主の物語へと姿を表すのであった────
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