97年目-1 シャルロット・モリガナ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シャルロット・モリガナ(12)
アレクサンドラ・ハイネン(33)
大ダンジョン時代100年を経過する現代において、ダンジョン聖教六代目聖女アンドヴァリはすでに現役ではない。
遡ること1年前に次代、七代目に聖女継承の儀を済ませたのだ……すなわち称号《聖女》を新たなる聖女に譲渡し、自らは元聖女として司教の地位に就いたのだ。
現代における最新の聖女、その名はシャルロット・モリガナ。
奇しくも初代聖女エリス・モリガナと同姓である弱冠17歳の少女こそが、これから先の未来を拓く新たなる聖女なのである。
しかし。そのシャルロットという少女にはある"呪い"がかけられていた。
他ならぬ先代聖女、アンドヴァリ……アレクサンドラ・ハイネンによってかけられたソレは、ダンジョン聖教そのものを蝕みかねない猛毒の呪いだった。
シャルロットが12歳の時。アレクサンドラが33歳の頃だ。
孤児院にいた際に探査者として覚醒した彼女を、慈悲深き聖女が運命を予感して引き取ったところからすべてははじまる。
誰かにとっての愉悦、誰かにとっての地獄。シャルロットはその日から聖女就任に至るまで一日も欠かさず、アレクサンドラにすべてを管理されてきたのだ。
「さて、今日も修行を始めますよ。朝から晩まで、少しでも気を抜けば死ぬものと思いなさいねえ」
「は、はい……」
にこやかに微笑むアレクサンドラに、怯えながらもシャルロットはうなずいた。12歳の少女で気弱そうにしている。
元は身寄りなく孤児院にいたのを、ある日突然目の前の女がやって来て引き取ったのだ。それからというもの毎日こうして、休みなく修行の日々が続いていた。
朝から晩までだ。
返事が気に入らないのか、アレクサンドラが微笑みのままシャルロットの頭に手を置いた。
「元気がありませんねえ、シャルロット? 私はあなたに、そんな挨拶を教えましたか?」
「ひっ……!? は、はいっ! シャルロット、が、頑張ります!!」
「よろしい。昼は12時から5分の昼食休憩、夜は18時から同様に。いずれも栄養バランスをよく考えたサプリメント入りシリアルです。神に感謝して食べなさい」
「…………ぐすっ」
容赦のない言い分に涙ぐむシャルロット。ここでいう"修行"のあまりの過酷さもそうだが、何より休みなく、ひたすらに毎日を管理されるストレスは確実に少女の精神を蝕んでいる。
引き取られて半年。普通の成人であってもこのような仕打ちを受ければそろそろ言動に異常を来してもおかしくない頃合いだ。
だがシャルロットは未だ耐えていた──ストレスを涙という形で発散させようとしていたのだ。
しかしアレクサンドラはそれさえ許さない。
頭に置いた手を首にかけ、彼女を殺さんばかりの勢いで締めはじめたのだ!
「がっ!? あ、うぅぅぅっ!?」
「いけない子ですねえ、泣くなんて。せっかく生まれも育ちも分からないあなたのような輩を見出してあげたのに、何がそんなに気に入らないのですか? あまりに贅沢すぎるとついつい、手に力が入りすぎてしまいそうですよ、うふふふふ」
「ご、ごっごめ、なさ……!? ごめっなさ、かはっ、かひゅっ」
「聞こえませんねえぇ。聖女たる私の手を煩わせるいけない子の命乞いだなんて、なーんにも聞こえませんよお」
細い目、ただでさえ常から笑っているようにも見えるそれをさらに弓なりに反らした、満面の笑み。
愉しんでいた……幼い少女を思いのままに管理し、逆らえば痛めつけて従わせる。屈服させる。そうして精神を己の思う通りに歪め、壊す。
アレクサンドラはすっかりこの、歪みきった快楽を楽しんでしまっていた。
とはいえやり過ぎもよくないと手を離す。ただでさえこの頃にはすでにアレクサンドラはレベル700を超えたS級探査者となっていたのだ。
迂闊に加減を間違えると本当に死なせてしまう。それでは困るのだ。シャルロットには玩具として意外にも使い道があるのだから。
「……許して差し上げましょう、シャルロット。己の罪を自覚し、赦免したこの聖女アンドヴァリに感謝しなさい」
「ッごほっごほっ!! はーっ、はーっ……!! ごっ、めんなさ、さいっ……申しわけありませんでした、私が、私が愚かでした……ッ!! ご、ご指導、ありがとうございますっ……!!」
「あなたは私の最高傑作となるのですから、やる気のないことを言ったりしてはいけませんよ? シャルロット・モリガナ。あなたの人生のすべては、あなたを拾い上げた私に捧げられるべきなのですから、ねえ」
「はっ……はい……! わた、私は、私のすべてを聖女様に捧げます……!!」
狂いきった論理と倫理で、シャルロットを追い詰めるアレクサンドラ。泣くことも許されず理不尽に屈して謝罪と感謝を告げさせられるシャルロットの、心がまた一つ欠けて壊れていく。
それこそがアレクサンドラの狙いだった。人形に心など不要。思考から存在意義から価値から何から何まで"主"たる己に捧げて動く、人間を止めた傀儡。それこそがシャルロットであるべきなのだから。
──この、あまりにも非人道的な振る舞いは今後2年に亘り、アンドヴァリが聖女然とした振る舞いを表でする傍ら、アレクサンドラとして裏側で続けられる。
結果としてシャルロット・モリガナは七代目聖女に就任する頃にはすっかり変わり果てた精神性の、壊れかけた少女になってしまうのだが。
それでも彼女は、結果としてアレクサンドラに真っ向から刃向かい、憎悪と怒りのままにその命を奪うべく動き出すこととなる。
すべては現代、救世主の物語の上で展開される話であった。
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