96年目-5 マリアベールと新世代・2
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(78)
御堂香苗(16)
アンジェリーナ・フランソワ(16)
ミア・ハーウェイ(49)
S級モンスター、サンドアリジゴクの討伐のためにアメリカ合衆国はシカゴ近郊に集ったマリアベール・フランソワとミア・ハーウェイ以下探査者達。
孫のアンジェリーナや気にかかる後進の香苗も含め大勢がサポートに回る中、ついに決戦が行われた。
今回のサンドアリジゴクは、S級モンスターと言っても30年ほど前に出現したドラゴンに比べて極めて弱く、そして被害を及ぼす範囲の狭い個体と言える。
ただ巨体なだけであり、被害を及ぼすのも半径1km以内のみ。比喩抜きに巨大な山に等しい大きさと、ギアナ高地全土を支配下においたかの竜に比べればまさしく、月とスッポンだったのだ。
加えてS級モンスターが放ちがちな"死の空気"……その場にいるだけで周囲の生命を威圧し萎縮させる地獄の気配を撒き散らすこともない。
マリアベールからしてみれば大きいだけで、強さ的には精々でもA級モンスターの範疇でしかない見立てだ。はっきり言って楽勝であり、マリアベールとミア以外にS級探査者がいないのも頷けようものだった。
しかし、この場にいた中堅から若手探査者達はたしかにこの日、目の当たりにする。
自分達の属する探査者というカテゴリにおける頂点の中の頂点。紛うことなきS級。
マリアベール・フランソワというある種の超越者の振る舞い、そしてその強さを……
彼らは心に深く、刻み込むことになるのだ。
「ファファファ! 久しぶりに骨があるかと思いきやなんだコイツぁ、図体だけかい!」
「ピギギャァアアアアアアッ!?」
幾度目かの大斬撃。猛烈な砂嵐とともに放たれる無数の瓦礫を一切避けずに逆手に持った居合刀──仕込杖から抜き放った刀にて切り払う。
愉快そうに笑うマリアベールは今、たった一人でS級モンスターであるサンドアリジコクを相手取っていた。それも余裕をもって、いやそれにも増した失望さえも抱きながらだ。
実際、期待していたものとはまるで程遠い相手だ。
30年ほどぶりのS級モンスターともなれば、かつて相手にしたドラゴンほどではもちろんないにしろ、それなりに手こずる輩が出てくるだろうと勝手ながら思っていたのだ。
それがいざ仕掛けてみればすべてが見掛け倒し。弱く、脆く、遅く、挙げ句瓦礫程度を振り回すだけしかしてこないまさしく能無しと来た。
これには年老いてすっかり丸くなったマリアベールも肩を落とし、なんなら次第に頭に血が上りだすほどだった。
世に言う、八つ当たりである。
「勝手に期待したこっちが悪かったんだろうがねぇ……S級モンスターってんならちったぁ気合入れなッ!!」
「ピキッ!?」
「小石混じりの砂遊びなんざァ砂場のガキがやることだっつってんのさッ!! 《居合》大断刀・コーンウォールッ!!」
あまりの気迫に背後でサポートと見学をしている探査者達だけでなく、サンドアリジゴクさえも慄く。
後進達はともかく敵たるモノのその姿がまた情けなく、マリアベールは全力で刀を振るった。大断刀・コーンウォール、刃を振り抜き放つ衝撃波で周囲を裂く、遠距離攻撃技である。
今回放った斬撃は縦。巻き起こる砂嵐を文字通り一刀両断してのそれは、サンドアリジゴクの半身にも襲いかかった。
巨大な身体をも引き裂く……ただし致命傷には至らない。さすがにそこまでヤワでもないかと一安心して、マリアベールは後方、戦力面でのサポート役を担当するミアに叫んだ。
「ハーウェイ、手筈通りにやりな! つってこの調子だ、私一人でも難なく殺っちまえるけどね、ファファファ!」
「みたいですけどこっちも面子がありますからね! 《狙撃》、メタルファイア・スナイパー! 援護はしますよーっと」
「ピギャアアアアアアッ!?」
単独でも討伐可能だと豪語するマリアベールに負けじとばかり、ショットガンをサンドアリジゴクに向けて撃つミア。
彼女は後方狙撃手、対モンスター用の銃弾を使っての遠距離攻撃専門の探査者だ。今年49歳にもなることから、後のことは弟子のリスティ・セーデルグレンに任せてそろそろ引退しようとも考えている。
そんな彼女にとってこの戦いはある種、引退に華を添えるがごときものだ。ソフィア・チェーホワにさえ並ぶ伝説的英雄、WSO特別理事にしてS級探査者の始祖にして最長老たるマリアベールと戦えるのだから。
引き金を引く指も軽く、過去最高のコンディションで正確に敵を狙い撃てる。たとえ実力的には不要だとしても、最後にこの戦いに参加したという栄誉だけはいただくつもりで……ミアは獰猛に微笑みつつ、ひたすらに弾を打ち続けていた。
「ファファファ! ハーウェイに負けちゃいられない、私もそろそろ極めようかね!」
「ギャ、ギャピピピィ──」
「穴からはみ出るようなアリジゴクなんざァ格好がつかねえ。テメェで掘った奈落なら、最期はテメェが落ちやがれってね!」
そんなミアに触発されたマリアベールもまた、切り裂かれて一時収まった砂塵を抜けて一気に上空へと飛び上がった。齢78歳の老人とは到底思えない、非合理的なまでの跳躍。
全身に漲る力を、当たり前に完全制御しきって仕込杖を構える。これより放つ一撃は、確実にサンドアリジゴクを仕留められる業だろう。
拍子抜けも良いところの雑魚だったが、それでもコレがここにいる意味と価値はある。
若者達、次の時代を担う者達に。今しばらくは頂点に居座るっているだろう者の姿を示してやれるからだ。
これが今までの頂点。けれどいつか、いつの日か超えられていくただの途中地点。
君達が。君達の次が。君達の次の次が──必ずや過去にしてくれるだろう、ただのマイルストーンだと。
言葉にするのはなんだか照れくさいそれを、今なら、技の形で告げられるからだ。
マリアベールは優しく孫達を一瞥し。
そして次の瞬間に叫び、力を解放した!
「《居合》、大断刀────ロンドンブリッジ・フォーリングダウン!」
引き抜かれる刀、奔る閃光。光も音も置き去りにした、まさしく超神速。
天空から直下へ、叩きつけるように放たれたその斬撃は、いとも容易くS級モンスターの身体を頂点から地面まで切り裂いた。
一撃必殺。まさに致命傷である。
「す、すごい……! おばあちゃん、あ、あんなに強かったの……!?」
「あれが、S級探査者としての……マリーさん……!!」
孫のアンジェリーナも、心を閉ざした香苗でさえも唖然とさせるその威力、速度。そして何より放つ空気。
彼女達の周囲、次代を担う若者達も揃って目を見開いている。サンドアリジゴクの攻撃に使われないよう、周囲の瓦礫などを撤去する作業に就いていた彼ら彼女らでさえ、仕事を忘れて見惚れてしまう姿だった。
「……ファファ、まあこんなもんかね? やれやれ若い頃ならこんなモン、技一つ使わんでも仕留められたんだろうが。若さってのはつくづく眩しいもんさねえ」
そんな視線を悪からず思いながら浴びて、やはり思うのは若かりし頃。
あの頃と今と、すっかり変わった自分だけれど……だからこそ若人達に少しでも、何かを遺せただろうかねと彼女は一人、肩を竦める。
S級モンスター討伐の、静かな終わりであった。
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