24年目 町の中のサヨナラ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(19)
ヴァール(???)
不老体質となったことで失踪したエリス・モリガナ。
現代においては紆余曲折の後にWSO直下、国際探査裁判所が擁する能力者犯罪捜査官として弟子の早瀬葵とともに活動している。
そこに至るまでにおよそ半世紀以上もの間、世界各地の裏社会を転々としていた彼女だがその実、歴史上のいくつかの事件に姿を見せていた。
主に第二次以降のモンスターハザードなり、あるいは他の能力者絡みの犯罪なり……人間でなくなったと自嘲する身の上であってもなお、大ダンジョン時代の秩序を護るためには己の身を尽くして戦ってきたのである。
さてそんなエリスだが、失踪、つまり第二次モンスターハザードから一年経った頃、偶然にもヴァールと再会を果たしていた。
誰にも何も言わずに姿を消した、そのことは仕方ないことと本人も思っているがとはいえ衝動的に過ぎた。その後悔が当時の彼女の行動範囲を、自然と仲間達の周辺に限定させていたのである。
それでは見つかるのも当然の話であった。
「エリス。歯を食いしばれ」
「────!!」
乾いた音が響く。ヴァールがエリスの頬を、平手で打ったのだ。言葉遣いや態度は冷淡でも常に仲間を尊重してきた彼女にしては珍しい……いや、だからこその姿であった。
スウェーデンの全探組を諸用から訪れていた帰り、ヴァールが彼女を見つけたのはまったくの偶然だった。人混みを避け、まるで闇に溶け込むかのように隠れて潜むエリスを密かに追いかけて……
今、こうして一年ぶりの再会を果たしていたのだ。
「元気そうで良かった、とまずは言うがな。答えろ、何故姿を消した」
「…………ヴァールさん」
「みんながお前を、どれだけ心配したと思っている。ワタシやソフィアはもちろんラウエンも、妹尾もベリンガムも、ウェインもエミールも。そして誰よりラウラも、お前の家族もっ! ……誰もがお前の身を案じ、行く末を探し、そして今も懸命に動いているのだぞ!」
「っ……」
常にないほどの激情を見せるヴァール。彼女にとって、それだけエリスとは大切な後輩であった。
そもそも、たまたま出会った彼女に素質を見出し第二次モンスターハザードに連れ出したのは他ならぬ彼女だ。それゆえエリスについては半ば、保護者とも言える責任感を彼女は有している。
また同時に一年前、モリガナ家にラウラを渡した際。同時に彼らの愛娘の失踪とそれに対する謝罪と賠償を告げに行った時の、家族達の嘆きと怒り、悲しみを直に受け止めてもいた。
それゆえに彼女は、どうしても、如何なる事情があったにせよ忽然と姿を消したことについてはエリスを少しも許すつもりはなかった。
────次の瞬間。エリスの言葉を聞くまでは、である。
「…………《不老》というスキルをご存知ですか、ヴァールさん」
「何? ……待て、なんだそのスキルは。聞いたこともないぞ」
「ああ、やっぱり。私と同じなあなたならあるいはと思っていましたけど、違うんですね。そうでしょう、私は不自然ですけど、ヴァールさんやソフィアさんはどこか、自然ですものね」
「エリス? お、おい」
打たれた頬を擦りながら暗く、あまりにも暗い笑みを浮かべるエリスにゾッとする。かつて見たことのない姿だ。
取り返しのつかない、何かが起きていることをここでようやくヴァールは察した。顔色を変え、慌てた様子で言葉を重ねる。
「待て。少し待て、本当に……何を言っている? 一から事情を話してくれエリス。事情も聞かずにいきなり殴ったことは悪かった、謝罪する。教えてくれ、あの時のお前に一体、何が起きていたのだ?」
「殴られたのは自業自得ですし、そんなに気にしないでください……ふふ。あなたのそういう、どこか不器用な優しさ。大好きですよ、ヴァールさん」
「待て! どこに行く、エリス!!」
どうしようもなく不安になる翳りを帯びた笑み。それを浮かべながら踵を返して雑踏に向かうエリスに、ヴァールは焦りとともに呼びかける。
ここでスキルを使うわけにはいかない。公的立場としてスウェーデンを訪れているのだし、何より人混みの中だ。間違っても《鎖法》で彼女を拘束するなどできない。
それをエリスも承知の上で、だからあえて人混みに紛れようとしたのだろう。
最後に一瞥して、エリスは、ヴァールにのみ聞こえる声でつぶやいた。
「……私はもう、老いることができなくなりました。一年前のあの日をもって、人間でなくなってしまったんです」
「な、に」
「だから姿を消しました。変わらない私、変われない私を見られたくなくて。変わっていくみんな、変わるしかないみんなを見たくなくて……お願いします。家族やラウラ、仲間のみなさんには改めて謝っておいてください。ごめんなさい、大好きでした……」
────サヨナラ。
それだけ言い残してエリスは、追い縋るヴァールを一顧だにせず姿を消した。
第二次モンスターハザードにて開花した戦闘の才能、体捌きの技術を駆使しての見事な隠形だ。たとえ統括理事であってもこの状況、スキルもなしに捕まえることはできない!
「待て。待ってくれ、エリス……! エリス・モリガナッ!!」
叫ぶ。衆目も気にせずにただ、叫ぶ。
それでも声は虚しく響くだけであり、エリスを止めるには至らない。
ヴァールはただ、呆然自失としてその場に立ち尽くすだけであった。
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和解したエリスとヴァールが活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
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