96年目-3 エリスと葵・3
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(91)
早瀬葵(15)
早瀬光太郎の死後、すぐに孫娘である葵はエリスに弟子入りした。祖父の遺言を護り、彼にも負けない立派な探査者になるためである。
エリスのほうも友人として世話になった光太郎との約束を果たすためでもあり、また幼い頃から慕ってくれている葵自身のためでもある。喜んで彼女を弟子にして、手ずから鍛え始めたのだ。
エリスにとっては事実上、初めての弟子だ。
妹分だった二代目聖女ラウラ・ホルンも枠組みとしては弟子と言えなくもなかったが、彼女の場合は第二次モンスターハザードにおける仲間達の薫陶も多分に受けていた。
つまりはエリスだけの弟子、というわけではないのだ……それを考えると葵はまさしくエリス・モリガナの一番弟子とも呼べる存在となった。
ただ、とはいえ厳格な師弟関係ではない。
エリスも生来の優しい性格に加えて永い旅路の中で得た緩さがあり、葵も生まれつきの明るさとコミュニケーション能力の高さがある。
そんな二人が組み合わされば、師匠と弟子というよりはむしろ、友人とか家族めいた関係性になるのは当然の話である。
現代において、ツーマンセルで動くことが多い能力者犯罪捜査官の中でも最強コンビとの呼び声高いこの二人。
その内実は、遊び心を大切にする無二の親友同士というのが一番近いものだった。
「はっはっはー! 師匠! ダンジョン来ましたよ師匠ー!」
「ハッハッハー、はいはい騒がなーい。一応修行だからねこれー」
ダンジョンの薄暗い道を明るい声と落ち着いた声が響く。弟子、早瀬葵のはしゃぎまわる姿に師匠のエリス・モリガナは苦笑いしながらも諌めた。
光太郎の死後、そろそろ半年が経つ頃合い。学校は夏休み期間の葵を連れて海外を飛び回りながらダンジョン探査という形で修行をつける彼女は、一人でなくなった旅路に少しずつ慣れつつあった。
「あと戦闘になったらちゃんとしなさいよー。いくら葵でもそこらへんキッチリしないとエリスさん、怒るよー」
「もちろんです! 師匠……エリスさんの弟子にしてもらうよう頼んでくれたお祖父ちゃんに顔向けできないこと、したくありませんからね!」
「ハッハッハー、そうだねー。家族に顔向けできないのは、辛いよねー」
「はい! というわけでここからはちゃーんとやりまぁす! 《雷魔導》、サンダーボルト・ランサー!」
元気一杯に叫びスキルを発動する。世界でも何人といないレアスキル《雷魔導》だ。
全身から放たれた電流を手の集め、槍を形成する。徒手状態から一気に長物を用意できる利便さが売りの技で、切れ味など威力も相応に高い葵の十八番だった。
ふむ、とエリスは考える。このサンダーボルト・ランサーは十八番というよりむしろ、奥の手くらいにしておくべき技だ……普段は普通の武器を使って、それが手元になくなって追い詰められた際に使うといった運用のほうが良い。
槍を出している間は他の形で《雷魔導》を使うことができなくなるのでむしろ攻め手に欠けかねない。敵の不意をつくという意味でも、彼女はそうしたほうが良いなと率直な意見を抱いた。
「んー……まあ、そもそも十八番といっても熟練してないからしばらくはこれでいっかぁー」
「ぴぎー! ぴぎぎぎー!!」
「出たわねスライム! よーっしゃソニックチャージ!」
「ウワーオ、ただの突撃。そうだなあ、《槍術》くらいは覚えといて良いだろうね。あと《俊足》とかも」
通路を抜けて現れた部屋、そこにいるモンスター、スライム。
F級ダンジョンらしく最弱に近い相手を前に、葵は気炎を吐いて一切の油断なく、けれど技名だけは欠かさず叫んで攻撃を放った。
ソニックチャージ……大層だが要はただの突撃だ。
それなりにレベルが上がり、今後身につけていくだろうスキルを組み合わせればそれはまさしく音速の突撃ともなろうが、未だF級の葵ではどうしても口だけのことになっているのも仕方のないことだった。
それを踏まえてエリスは笑うことなく弟子の未来を考える。
祖父譲りの槍の技法、そこに自前のスキルを組み合わせればかなり、いや相当な上澄みにまで行ける気がする。
だがそのためにはやはり、要となる《雷魔導》の熟練度を高めるべきなのだろう。それを補助する槍捌きを底上げする、いくつかのスキルも。
師匠としてはるかな展望を抱く。光太郎から託された子だからというだけでなく、エリス個人としても葵とは幼少時からの仲良しだ。
いつかはまた、自分を置いて逝くだろうけれど……それは決して戦いの中でとか、不慮の事故などであってはならないと思う。
祖父のように幸せの中で生を終われるよう、エリスは葵を指導するのだ。
「ぴぎぎー!? …………」
「……っし! やりましたよはっはっはー、葵ちゃん完璧ー!」
「でもないんだなあこれが。ほいさ」
「…………ぴぎっ!?」
スライムを倒してサンダーボルト・ランスを消し、勝利に浮かれる葵。それに苦笑しつつもエリスは軽くナイフを投げた。
葵のすぐ横を通り抜けていくソレは、スライムの残骸──否、未だ粒子に変じていない死にかけの身体に命中し、今度こそ光へと変えていった。
くすくす笑って弟子を嗜める。
「油断大敵。モンスターは倒せたら光になって消えるから、それをしっかり確認するまでは構えを解いちゃいけないよ? 君の国の武術であるでしょ、残心ってやつ」
「う……すみません、つい油断しちゃって」
「葵は昔からそういうところあるよね、ゲームしててもさ。勝ちが見えると隙を晒しがちというか。そこは明確に命取りだから、これからの修行で治していきましょうねー」
「は、はい! よろしくお願いします!」
若者の失敗。顔を赤らめて反省する葵に、エリスは微笑みかけた。まだまだこれからだ、多少の失敗も、もちろんこの子の糧となる。
この子が独り立ちするまでに、できる限りのことを教えよう……そう考えるエリスの顔は、生き生きとしている。
彼女にとってもまた、葵の存在は生きていく理由の一つとなってくれているのであった。
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一人前になった葵が活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
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