96年目-2 快男児の終焉
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
早瀬光太郎(享年85)
早瀬葵(15)
エリス・モリガナ(91)
大ダンジョン時代、100年を迎えるまであと5年。
この頃、また一人歴史に名を刻んだ名探査者が、その天命を果たし終えていた。
日本中部の大親分、早瀬光太郎が85歳で死去したのだ。
国内にのみの名声であるものの、その人脈にはかのWSO統括理事ソフィア・チェーホワもいる。
その縁から彼自身も第三次モンスターハザード以後、数々の世界的大事件にも関与してきた紛うことなき日本の英雄だった。
そんな男がついに亡くなった。
先年には同じく日本探査者界隈の大御所である御堂将太も亡くなったこともあり、界隈は少しの間、暗いムードになるのだが……
それも少しばかりの間のみ。やがてA級トップランナーに将太の曾孫である香苗が台頭し、界隈は一気に最盛期へと突入していくこととなる。
同時に光太郎の死は、彼の孫である葵にも大きな影響を及ぼしていた。彼女の、探査者人生にもまつわるものだ。
予てより親交があり、葵自身も懐き敬愛して止まない初代聖女エリス・モリガナに弟子入りするよう、手筈を整えていたのである。
これをもって葵はエリスと師弟関係を結び、ひいては能力者犯罪捜査官としての道を歩むことになる。
そしてすべてのお膳立てをし終えた光太郎は、もうやることもないと言わんばかりに息を引き取っていった──
ついに終わりの時が来て、早瀬光太郎は息を吐いた。早瀬家の自室、布団に包まれての臨終際。
家族みんなに囲まれての、現世で最後のやり取りだ。
「ふ、ぅ────は、ぁ。いよいよ、儂も、終い、だな」
「じ、爺ちゃん……!」
「葵……な、泣くな、よ。わら、笑って、見送って、くれ、な?」
誰もが涙を流して光太郎の回復を祈る中、特に泣きじゃくる孫の葵を見て微笑む。本当に、最初から最後まで愛しくて堪らない子だ。
数ヶ月前にはステータスに覚醒し、探査者としての登録も済ませた。
レアスキル《雷魔導》を授かり、戦闘の才能も十分以上に感じられる期待の若手の一人で、祖父としての贔屓目を抜きにしてもゆくゆくは光太郎など超えて高みへ向かうだろうと思える、そんな麒麟児でもある。
そんな彼女をあやすように慰めの言葉を口にして、次いで彼はその隣、葵の肩を抱き優しく背中を撫で擦る少女を見た。
葵と同年代くらいの見た目だが、その実もう90歳にもなる──早瀬家にとっても縁のある、エリス・モリガナである。
「エリス、さん……ありが、と、ございます。わざわざ、きて、もらっちまって……」
「たまたま近くを通っていたからね。巡り合わせの妙だよ……光太郎くん、今までお疲れ様でした。どう言うべきかは分からないけれど、あなたのことを私は、いつまでも忘れることはありません」
「へっ……へへ、へ。な、なんかうれ、しいなァ。え、エリスさんが覚えてくれるってんなら、忘れ去られるってことにゃなんねぇ。不思議、なもんだ、今さらンなってよう。へへへ、へ!」
「…………」
辛そうに、息も絶え絶えにしてなお笑う光太郎に、エリスは優しく微笑んだ。
不老体質である彼女は、それゆえに年を取らない。だから彼女が覚えている限り、この世には早瀬光太郎という男の存在は半ば永遠に遺るのだろう。
地位や名声には興味などないが……そのことが、光太郎にはなぜだか嬉しくて仕方なかった。
同様にエリスもまた、この素晴らしい探査者の友人を、自分ならば忘れずにずっと抱えて生きていける。そのことを誇らしく思い、やさしく微笑むばかりだ。
そして、肝心な話がもう一つ。
エリスは光太郎に、これこそ自分達の最期のやり取りだろうと思いながら、心に刻むように語りかけた。
「光太郎くん。葵のことは、私に任せて」
「あ、ありがとうエリス、さん……! 葵、お前は、エリスさんのところに弟子入りするんだ、葵」
それは、やはり葵を巡っての話。
光太郎の死後、葵をエリスに弟子入りさせると……以前から会う度、電話する度に頼まれていたのを、エリスは今ついに受け入れを表明したのだ。
葵自身もなっとくずくの流れだ。涙を流し、それでもうなずく。
「…………うん。ううん、はい。エリスさん、いえ師匠にお付きし、多くを学び、きっと立派な探査者になります。おじいちゃん」
「そ、れで良い。お前なら、やれ、るさ。葵……あおちゃん。元気で、な」
「おじい、ちゃん……!!」
死の間際まで孫の心配をする、その姿にまたも葵の涙腺が緩んだ。エリスがより強く慰め、背中を軽く撫で擦る。
その姿に、光太郎は目を細めた──この二人なら大丈夫。孫は立派な探査者になるだろうし、そうせしめたエリスとのつながりも強化される。
良いことずくめだ。少なくとも彼にとっては、これで逝っても悔いはないほどに。
やり終えた、すべてを。もう悔いはない。
────ああ、いや。
最後に一人、残っていた。
誰より大切で。誰より愛している人。
「華」
「はい、あなた」
「……ゆっくり来いよ、楽しんで。今まで、ありがとよ」
「こちらこそ、ありがとうございました……おやすみなさい」
「ああ……おやすみ、みんな」
この世でたった一人、すべてを分かち合った彼女に別れを告げて。
今度こそ、もう全部が終わったと光太郎は瞼を閉じた。
早瀬会初代大親分。早瀬光太郎、死す。
一切のやり残しなく、一切の未練もなし。まこと見事な快男児らしい終焉であった。
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