95年目-3 御堂とフランソワ・9
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(77)
御堂香苗(15)
永年に渡って家族ぐるみの関係を続けてきた御堂家の長老、御堂将太の死を知ってマリアベールはすぐさま日本を訪れた。
先年にはこれが最後だと、遺言めいた言葉を彼から直接投げかけられていた。
ゆえに彼女も比較的動揺も小さく、精神的衝撃も少なく……けれどたしかな悲しみを胸に抱きつつも、喪中の御堂家、将太の遺骨が置かれた仏前に拝んだのである。
だが、そこでマリアベールは思わぬ話を才蔵から受けた。将太の曾孫、香苗の様子がおかしいというのだ。
通夜には泣き叫び、何かに怯えた様子で部屋に閉じこもり……翌日には立ち直ったかと思いきや、それまでの明るさがすっかり消え果てた、凍てついた表情で日常を暮らすようになったのだ。
家族や友人達が心配して声をかけても、素っ気ないわけでもない態度であるものの笑顔だけは見せない。まるで氷のように。
口さがない者、主に親戚筋からは早々に"御堂本家の氷姫"などと揶揄されるようになってしまっているのだという。
すっかり困り果てた才蔵から話を聞いてマリアベールは、すぐに香苗と話をしに行った。
もちろん、説教をしようだとか御高説を垂れようだとか言うわけでなく、ただただ、聞ける話があるなら聞かせてもらおうと思っただけだ。
そもそも、かの少女は元からして曾祖父にべったりだったのだ。それが失われたとなれば塞ぎ込むのも無理はない。
そんな子に上から目線で偉そうに何かを言うなど言語道断だと考えるマリアベールは、最悪香苗の罵詈雑言さえ受け止める覚悟で赴いたのだ。
だが──訪ねた先でマリアベールは絶句することとなる。
思っていたよりもずっと、香苗が心を閉ざしきっていたからだ。
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいましたマリーさん。ご無沙汰しております、香苗です」
「あ、ああ……いや、ファファファ。久しぶりだねえ、香苗ちゃん。この度はどうも、御愁傷様だったね」
「いえ……マリーさんも、曾祖父とは長い付き合いだったと聞いております。さぞや御心痛のこととお察しします」
「気ぃ遣わなくて良いさね。先輩も私も、もう歳が歳だったしね。ファファ…………」
御堂邸は香苗の自室にて。正座して折り目正しく受け応えをする少女の姿に、マリアベールは軽く笑ってやり取りしつつも内心で深く、驚いていた。
少なくとも去年までは笑顔を見せることもあった表情が、まるきり凍った無表情に成り果てていたからだ。
御堂本家の氷姫──だとか、親戚筋にはそんな呼び名をされ始めているらしい。これも才蔵から聞いたことだ。
何を馬鹿なことをと、あの将太が嫌うだけのことはある下劣さだと嘲っていたが、しかして今こうして面と向かって香苗を見れば、受け入れはしないものの少しばかりの納得は禁じ得ない。
まさに凍てついた姫君。
整った顔立ちと、立ち居振る舞いの可憐さがギャップとなって、余計にクールで冷淡な印象を見る者に与えていたのだ。
これは、よほどのことがあったのだ。少なくとも彼女の内面、内側に。
長らく生きて来たこともあり、瞬時に察知するマリアベール。そして同時に、これは今の自分では手に負えるものではないと判断した……数ある弟子の中でも一等優秀で、一番デリケートな過去を持っていたとあるS級探査者にも似た問題だと看破したのだ。
その探査者、サウダーデ・風間ことクリストフ・カザマ・シルヴァが若かりし頃を思い返す。
モンスターに家族を殺され天涯孤独となった彼に、マリアベールはケアに努めこそすれど根本的な部分への踏み込みは終ぞできないままだった。
想像もできない苦労を背負った者に対して、根本的なところで人を慮る彼女はかける言葉が見つからなかったのだ。
そのクリストフと似たような状況に、香苗が陥っている。
将太こそ喪えど家族は健在、家もあれば故郷を離れたわけでもなく、まして復讐が絡む話でもないのに……だ。マリアベールは何故か自然と、そうした現状を理解したのだ。
まるで将太が乗り移りでもしたかのような、唐突な気付きに苦笑する。
「先輩の遺した、最後の直感かねえ……」
「…………マリーさん?」
「ああいや! なんでもないよ香苗ちゃん。あー、アンジェも来とるんだがどうだい、居間に来て久々に話さないかえ?」
「アンジェリーナと、ですか?」
まるで香苗を護ってくれと、亡き将太に請われた心地だった。何か複雑な事情があって心を閉ざしたこの子を、できる限り温かく見守ってやってほしいと……そんなふうに頼まれた気がしたのだ。
おそらくは気の迷いだろう。けれどマリアベールはそこに、たしかに運命的なインスピレーションを得た。
いつの日か、香苗のほうから打ち明けてくれるまではそっとしておくべきだと悟れたのだ。
ゆえに、あえて彼女の事情に踏み入ることなくそっと寄り添うに留まる。
大体からして常日頃からともにいられるわけでない以上、無責任な介入を行うべきでもないと思ったのだ。それをするくらいならせめていつも通りに振る舞って、香苗が余計なストレスを抱かないようにするべきなのだろう。
そんな気遣いさえもひた隠しにして、話を続ける。
「同世代の探査者同士で意見交換ってのも乙なもんだよ。私もいるから、及ばずながら年寄りらしいアドバイスなんかできるかも知れんよ」
「マリーさんのアドバイスが及ばないことなど、天地がひっくり返ってもないとは思いますが……そうですね。アンジェリーナには挨拶をしておかねば悪いでしょう。マリーさんも、いつまでも私の部屋にいてもしかたがないでしょうし」
顎に手を当てて暫し考え、それから少ししてうなずいた香苗。自身の内心はどうあれ、現役にして世界屈指の探査者であるマリアベール・フランソワその人と探査者としてのやり取りをできるのだ。
いかに凍てついた香苗であってもこれには価値あるものとして、受け入れるつもりでうなずいた。
「ああ、良かった! じゃあ行こうか香苗ちゃん。みんなが、待ってる」
「……はい」
嬉しそうに手を引くマリアベール。凍てつく顔の香苗は、しずかに戸惑うばかりだ。
将太亡き後のフランソワと御堂。両家のやり取りはこのように、将太の生前から比べていろいろな点で変化の兆しを迎えていた。
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