95年目-2 将太の終わり、香苗の始まり
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
御堂将太(享年98)
御堂香苗(15)
そして、終わりの日は訪れる。
長き旅の終わり。はるかな眠り、一時の休息の時……御堂将太が現世に別れを告げる時が来たのだ。
98歳。最愛の妻を亡くしてから四半世紀生き抜いた大ダンジョン時代の生き字引ともいえる、日本を代表する探査者だったとも言えるだろう。
少なくとも国内探査者界隈にあっては早瀬光太郎と並び、S級探査者以上に界隈に貢献した探査者として歴史に名を刻んでいる。
その彼が。御堂将太がついに静かに終焉を迎えようとしているのだ。
誰から見ても大往生であるが、さりとて別れは当然惜しまれる。家族はもちろんのこと、彼と親しかった友人知人、財界政界探査者界の大御所達。彼のファンである探査者マニア、果ては一般市民の少なくない数もみな、挙って彼の死を惜しんだ。
だが。その中でも誰より嘆き悲しんだ者がいた。
その死を以後もずっと引きずり続け、心を閉ざし氷とまで言われるほどに鬱屈してしまう者がたった一人、いたのだ。
御堂香苗。
将太の曾孫にして、彼から《究極結界封印術》を引き継いだ彼女の……地獄は、将太が死んだその日から始まったのである。
老衰、と。言ってしまえば天命と言うしかなかった。
98歳まできっちり元気に生き抜いた果てに、急に倒れてそのまま亡くなった御堂将太に対し、子の才蔵や孫の博、はたまた駆けつけた友人知人の誰もがそう思い、悲しみ惜しみつつも納得していた。
けれどその中でただ一人、尋常でない取り乱し方を見せる少女がいた。
将太の曾孫、香苗であった。
「うああああぁぁぁ……ッ!! ひいおじいちゃん、ひいおじいちゃん……っ!! やだ、いやだぁっ……!!」
「香苗……」
「香苗、悲しいのはわかるけど落ち着くんだ」
号泣して蹲る孫に、将太の息子である才蔵や孫の博は驚きながらも内心で訝しんだ。
いくらなんでもあまりにショックを受けすぎていると、率直な冷静さでそんなことを思ったのだ。
無論彼らとて父の死は悲しい。だが100歳近くまで生きたのだから十分だろうという感覚もあり、ある種の納得や受け入れを伴う胸中だった。
妻達も同じような想いでおり、涙こそ流せど心穏やかな様子でいる。
香苗の弟、御堂光も泣いて別れを悲しんでいるが……それにも増して異常なまでに泣き叫んでいるのが姉のほうであるからか、むしろ親と一緒になって彼女を慰めるほどだ。
たしかに将太にはよく懐いていた孫娘だったがこれはいささかおかしい。訝しんで才蔵が、泣きじゃくる香苗に問うた。
「香苗よ、一体どうした、何があった? ひいじいさんが死んだのはたしかに悲しいが、それにしても……」
「ひっ!?」
「うん?」
優しく手を伸ばし、頭の一つも撫でて落ち着かせようとしたその時だった。
その手を見た香苗が一瞬、ひどく傷ついたような、怯えたような表情を浮かべたのだ。
本当に少しだけの間だ。本人でさえ無意識だったのだろう、その仕草。
だがすぐに香苗自身が今、自分が何に反応してどんな顔をしたのかを自覚して……彼女は絶望に彩られた凄絶な涙をまた、ボロボロと零し始めたのだ。
「な……!?」
「……う、うううううっ、ああああああ────!!」
「香苗っ!?」
「どこへ行く香苗、待ちなさい!!」
そして制止を振り切って駆け出す。あまりにも異常な反応にとっさに対応できず、一族の者はみな、戸惑うばかりだ。
一体香苗に何が?
──その答えは、今はもうこの世にいない将太しか気付けないだろうものだった。
「はぁ、はぁっ、はあっ、はあ……ひい、おじいちゃん……!!」
一方で駆け出し、自室に逃げ込むように引き篭もった香苗は、もはや心が耐えきれずベッドに飛び込み身を丸め、また涙を流して嗚咽を漏らした。
絶望していた。将太の死はもちろんのこと、それを受けて自分が置かれた状況にも。
一年前、将太にのみ明かしたファースト・スキル。そのあまりにも常軌を逸した効果は将太に限りない危機感を抱かせ、香苗に己のファースト・スキル《究極結界封印術》を継承させる決意を抱かせるまでに至った。
彼は言い遺した。そのスキルを隠れ蓑にして、本来のファースト・スキル《■■》を隠し通せと。そうでなければ、誰か一人にでもその存在と効果を知られればたちまち、香苗の身は窮地に陥る、と。
元より強い危機感あって将太に相談した香苗は一も二もなくその通りにした。年頃の、思春期の少女が誰にも心開くことなく過ごせと言われたようなものだ。
それでも懸命にそうした状況を乗り越えてこれたのはひとえに将太という、偉大で頼れる先達がいたからに他ならない。
だがその将太はもういない。香苗はこの時をもって誰の庇護もなく独りで生きていかねばならなくなったのだ。
友人も知人も、家族にさえも助けを求められない疑心暗鬼の地獄の中で。いつの日か現れると曾祖父が予言した"救世主"を、ただひたすらに待たなくてはいけなくなったのだ。
「う、ううう……! ひいおじいちゃん、ごめんなさい……っ! ごめんなさい、私が、私さえ……私が、我慢していたら、もしかしたら……!!」
そして、もう一つ。
《■■》についての相談を将太に持ちかけたことで、もたらしてしまったかもしれない今日この日に対しての己への失望、絶望もまた、香苗の心を完全に打ちのめしていた。
その仔細は香苗以外に誰一人知る由もない……現代においてついに現れた香苗を照らし導く救世主にのみ語られる話だ。
ともあれこのようにして将太が終わった日、香苗の地獄が始まったのであった。
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