94年目-2 御堂とフランソワ・8
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
御堂将太(97)
マリアベール・フランソワ(76)
御堂将太の、すべての使命が果たされた。曾孫たる香苗に己がファースト・スキルを譲渡して、彼の今生での役割はついに終わりを迎えたのだ。
これは将太の勝手な思い込みではなく、厳然たる事実だった。彼に《究極結界封印術》を授けたモノ、"大いなる存在"の想定していた範疇に収まっていたのだ……その経緯にあたる、香苗のファースト・スキル《■■》の存在について知っていたかどうかは定かでないのだが。
ともあれ、どんな形であれスキルは継承された。いつか来たる救世主のための四つのスキルのうち一つ、そして"邪悪なる思念"の絶対権能を攻略するため何よりも重要なそれは、無事に次代へと引き継がれたのである。
そしてそれは、将太の最期をも予感させるものであった。その年の夏、いつも通りに御堂邸を訪れたマリアベール・フランソワに彼は、自らの死期についていよいよ話し始めていたのだ────
どうやら、私もそろそろ死ぬ時が来たようだ。
そんな話を開口一番聞かされて、さしものマリアベールも顔色を変えて先輩、御堂将太へと言い返した。
「し、死ぬ時って……なんですかい先輩、どっか悪いんですかい? まだまだピンシャンしてるし、全然元気に見えるんですが……」
「おいおいマリー、私ももう97歳だぞ? たしかにどこも悪くはしてないが、そもそも寿命が近くて当たり前だろう。ソフィアさんじゃあるまいし、いつまで生きてはいられんさ」
「そ……そりゃ、そうかもですけど」
苦笑いする将太に二の句が継げない。マリアベールから見てまったく健康そのものな姿だが、それでも歳が歳だ。
出会った頃は年齢よりずっと若く見えた童顔も、今ではすっかりシワだらけ。マリアベールも大概老け込んだ自覚はあったが、彼女より一回り歳上の将太はさすがにもう若いとは言えない姿になっている。
それでも、いきなり死期を語るなど何を言い出すのやら。
戸惑い、困惑するマリアベール。御堂邸、将太の部屋で茶を飲み交わす二人にしばし訪れる沈黙。
少しして、将太は遠くを見つめて語り始めた。
「私のな、やるべきことがすべて終わったのだ。やっとだ……やっと、光江のところに行ける」
「やるべき、こと?」
「なんだかんだと先立たれて20年ほど。ずいぶん待たされたものの、才蔵も隠居したし博も立派な当主になった。何より香苗と光も生まれてくれた。そのすべてを見届ける形で終われたのだから、私は本当に幸せ者だよ。お陰で光江に、たくさんの土産話ができた」
「お、おいおい……! な、なんだよさっきから縁起でもねえ! 先輩、どうしちまったんだ、誰に何を吹き込まれたんだ!?」
マリアベールなど一切視界に入っていない、澄み切った瞳、晴れやかな顔つき。完全に未練も何も無い、透明な表情。
いよいよ不吉なものを感じて彼女は叫んだ。思わず若い頃の口調に戻ってまで、将太の真意をたしかめたかった。
しかし。
穏やかな顔でマリアベールに向けられる視線のすべてが、彼女の口を塞いだ。
圧力など何もないただの瞳。けれどそこに宿ったモノに、マリアベールは気圧されたのだ。
「っ……!!」
「マリアベール。君とも長い、本当に長い付き合いだったが……おそらく今年が最後の顔合わせだ。大体60年くらいか? 本当に、一族みんなが君には世話になった」
「せ、先輩……」
「私の直感が言っている……君にはまだ、やるべきことが残っている。私がそうだったように。だからマリー、達者で、健康には気を遣って暮らすんだよ」
まるで。いやまさしく。それは今生の別れに放つ言葉。遺言。
確信をもった物言いにマリアベールの心はひどく荒れ、動揺し、けれど同時に静かな凪のごとく納得して受け入れていた。
御堂将太は死ぬ。おそらく、来年の今頃にはもうこの世にいない。
今まで散々予知めいた直感を発露してきた彼の最期の直感だ、この時この場所の言葉だけを信じないわけにもいかない。
何かを言おうとして、何も言えず。
目を瞑り、大きく息を吸って、吐く。
涙は出なかった……けれど泣きたくなる心地で、マリアベールはこう、つぶやくしかなかった。
「お疲れ様でした」
「うん」
「……本当に、先輩にゃお世話になりっぱなしでした。一つだってまともな恩返しもできず、なんと言えば、良いのか」
「こちらのセリフだよ、マリー。不出来な先輩で悪かった……けれど私にとっては、君という素晴らしい探査者を後輩として、友人として持てたことは誇らしいことだったよ。いついかなる時でもね」
「将太、先輩……」
せめてもの労いの言葉さえ、気遣いの言葉で返してくる。
思えば初めて出会った時からずっとこうだった。在りし日の、優しい将太の笑顔が重なって見える。
俯く。マリアベールはもう、何も言えない。
そんな姿さえ彼女らしいと笑う、将太であった。
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