91年目-2 フローラの隠居
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
フローラ・ヴィルタネン(50)
サウダーデが太平洋と大陸を言ったり来たりしていた頃合いに、太平洋客船都市は太平洋ダンジョン探査においても一つ、大きな変化が訪れていた。
客船都市における大クラン"ダンジョン聖教太平洋支部"のリーダーを努めていたダンジョン聖教司教、元四代目聖女フローラ・ヴィルタネンが探査者を引退したのである。
これは予てより考えられており、ここに至るまでに段階を踏んで後進達に引き継ぎを行って軟着陸を果たすことができたいわゆる計画的なものだった。
フローラもこの頃すでに50歳。一般的な外勤探査者としてはすでに一線を退いていてもなんらおかしくない年齢でもある。
四代目聖女に就任した時から数えて32年。
その前半を聖女として第五次以降のモンスターハザードにて、その後半を太平洋客船都市におけるダンジョン探査のリーダー格の一人として駆け抜けた、彼女の探査者人生がついにこの時、ゴールを迎えたのであった。
──終わってみれば短かった。いや、長かったような気もする。そんな32年だったと、フローラは我が身を省みた。
太平洋客船都市内、ダンジョン聖教支部用豪華客船における彼女の私室にて。引退パーティーを終えて夜、帰り着いた彼女が一人で窓から外を見ながら思いに耽っていた。
ついに終わった。聖女としての終わりを迎えて後、そこからさらに20年かけてこの太平洋を開拓し、ダンジョン探査に励んだ。それももう今日までだ。
探査者として、フローラは完全なる引退をしたのだから。ダンジョン聖教の信徒としては引き続き活動していくものの、これからの彼女はもう、探査業には基本的に関与することがなくなる。
「50歳……かあ。頑張れたな、私」
思い返すは始まりの記憶。と言っても物心がつく頃という意味ではない、彼女が、救われた日のことだ。
両親とは名ばかり、自分を金儲けの道具としてしか見てこなかった血縁上の父母の元から、半ば強引な手法で助け出してくれた三代目聖女マルティナ・アーデルハイド。そしてそこから師匠たる神谷美穂を紹介され、彼女の探査者人生は始まった。
スパルタ気味の修行を乗り越え、ダンジョン聖教の聖女候補として第五次モンスターハザードに参加した。そこから数年後には第六次にも。
そして聖女の座を師の神谷に譲り、自身は太平洋へと渡った……太平洋客船都市という未知なるフロンティアにダンジョン聖教を広めるために。太平洋ダンジョンを、攻略するために。
「途中、第七次モンスターハザードなんてものもありましたね。ロナルドくんにエマさんとも、まさか今ほど親しくなるなんて思ってもいませんでした……」
彼女にとっては、あるいは現状の大ダンジョン時代社会にとっても最後となった大規模な戦い、第七次モンスターハザード。
そこで知り合った若き希望ロナルド・エミールとエマ夫妻をも思い返し、フローラは優しく微笑む。
かつて、自分もあの位置にいたのだ。次代を担う新人として、マルティナや神谷の希望を一身に背負っていた。
期待に応えられたかどうかは分からないけれど……自分なりにやれることを一つ一つ、休みながらでもこなしていったと思う。
だったら、やりきれたはずだと彼女は静かに信じた。仮に応えられなかったとしてもそれはそれ、もはやどうしようもないことだろう。
結局のところ人生とはそのようなものなのかもしれなかった。いろんな人からいろんなものを受け継いで歩んでも、結局、自分の納得がいく、いかないだけが最後を決める。
どんな結果に終わっても。どんな形で終わっても。
あらゆる物事には終わりがある。誰しもが最後にゴールテープを切る以上、そこに求められるのは自分自身の"やりきれたかどうか"という問いかけとそれに対する答えだけなのだ。
であるならば。フローラは胸を張ってやりきれた、思い残しはないと言える。
それだけで良い。それだけで良かった。
「後のことは後の世の人達に。多く託したもの、多く残したものがあろうとも、それを引き継いでくれる方々がいてくれる。私は、だからこそ胸を張って引退できる」
そこまで言い切って、やっと肩の荷がすべて下りた感覚を覚えてフローラは天井を見た。無機質な白亜に、その先の青空を夢想する。
はるかな未来にて、フローラ・ヴィルタネンの功績が語られることもあるいはあるだろう。四代目聖女として、太平洋ダンジョン探査に取り組んだ一員として。
その時、どんな語られ方をするのだろうか。良くてもいい、悪くてもいい。ただの歴史の一部として語られる未来そのものが、フローラには果てしない希望と限りない夢にあふれるもののように思えた。
そんな未来に、どうか、続きますように────
「実り豊かで、明るく輝く温かな未来の。どうか一助となれたことを、神よ。ただ私は、祈ります──」
両手を組み、はるかな未来に祈りを込める。
ダンジョン聖教司教フローラ・ヴィルタネンの、現役最後の祈りであった。
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