90年目-2 アランとマリアベールの太平洋訪問
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(72)
アラン・エルミード(51)
サウダーデ・風間(49)
ロナルド・エミール(32)
太平洋ダンジョンの周辺に、客船を並べ立てて繋いだ擬似的土地、客船都市が構築されて20年近くが経つ。
最初はダンジョン探査どころか生活環境の構築から始めなければならない有り様だったこの都市も、数多の先進国が次々参入して新規技術や大金を投資していった結果、この頃にはすでに大規模な文明都市となるまでに発展していた。
こうなると動き出すのが元々の客船都市構想を提案したWSOの役員達だ。
統括理事はともかくその下には権力や権威、権勢への欲望渦巻く狸達が数多くおり、そうした者達にとっては新たなるマネーゲームの舞台となりかけている客船都市とは、まさしく格好の見せ場と言える。
多くの役員達がこの都市を訪れ始めるのも当然の流れではあった。
そんな中、そうした動きとはまったく関係なく太平洋を訪れたWSOの理事がいた。
マリアベール・フランソワ。先年にはソフィア・チェーホワの特別推薦により亡きレベッカ・ウェインの後に特別理事となった女傑である。
特に権力欲など持たない彼女は、けれど弟子であり太平洋に住むサウダーデ・風間の招待に応じて客船都市へとやってきたのだ。
しかももう一人、これもまた大ダンジョン時代におけるビッグネームであるS級探査者アラン・エルミードを引き連れてだ。彼にとっては同じく太平洋在住のロナルド・エミールが弟子にあたり、こちらも招かれたのに応じた形だ。
遠くイギリスやフランスからの太平洋訪問。マリアベールに至っては歳の都合もあり、これより後には現代になるまで再訪問したという記録もない。
それだけ貴重な機会が……四人のS級探査者が太平洋にて揃い踏みする機会がこの時、到来していたのだった。
太平洋における人工都市、客船都市。ここを訪れるのは初めてだが、予想以上の壮大さと賑わいに、S級探査者二人は圧倒されたというのが正直なところだ。
マリアベール・フランソワとアラン・エルミード。世代はそれぞれ異なるも世界屈指の実力を誇るS級探査者という、これ以上ない共通点を持つ彼らはしかし、見果てぬ光景に息を呑んでいた。
果てしない海の上に、果てしなく広がる船、船、船。そのほとんどすべてがいわゆる豪華客船であり、まるで間隙なくみっちりと詰まっては連結されている。
結果として陸地と変わらない、大陸を想起させる光景が本来は海と大穴しかない場所に展開していることとなる。
客船"都市"とはなるほどよく言ったものだと、マリアベールは感嘆の吐息を漏らした。
「こいつぁ……すごいね。クリストフが自慢するだけのことはある。大したもんだよ、たった20年でこんだけのことができちまえるんだね、人間ってのは」
「まったく同感です、マリーさん……これは予想以上でした。クリストフもロナルドも、こんなすごいところで頑張っているんですね……!」
アランもまったく同様に圧倒されており、ここを訪れるに至った友人と弟子の言葉を思い返す。
電話越しにずいぶんと自慢げというか、誇らしげだったのもうなずける。20年前にサウダーデを見送った時、まさかここまでの発展を遂げるなどとは思いもしていなかった。
感慨深くも海を眺める二人。
そんな彼と彼女に、噂をしていた人物らが声をかけた。
「先生! マリアベール先生! それにアラン・エルミード!!」
「お久しぶりですマリーさん、アランさん! どうですか太平洋客船都市は、電話で言ってた通りなかなかのものでしょう?」
道着姿にはちきれんばかりの筋骨隆々たる肉体が日に焼けて眩しい、筋肉の塊のようなサウダーデ・風間。もはや50歳を控える歳だがそれでもなお、鍛え抜かれた肉体は太平洋一の実力を誇る。
白髪をざっくばらんに伸ばした、歳の頃20歳そこそこに見える青年ロナルド・エミール。実年齢は30歳を超えているが、その身に施された人体改造の影響で加齢が著しく遅いのだ。
ともにS級探査者であり、太平洋ダンジョン探査を行ういくつかの大クランの中でも最大手たる"太平洋攻略隊"と"レッツゴー太平洋"を率いる精鋭の中の精鋭達だ。
彼らにとっては師匠であり友人でもあるマリアベールとアラン。サウダーデやロナルドにとってはマリアベールの夫ヘンリーの葬儀以来、実に5年以上ぶりの再会だった。
「おや。来たかえクリストフ、それにロナ坊も。ファファファ、出迎えご苦労!」
「クリストフ、ロナルド! 久しぶりだね、いや本当に大したものだよこの客船都市は。ものの見事に度肝を抜かれたよ」
「ハハハハ、そうだろう? うむ……お二人ともお元気そうで良かった」
目を細めて笑うサウダーデの表情は、特に安堵の色が濃い。
マリアベールについてだ……電話ではともかく最後に会ったのは前述の通りヘンリーの葬儀の時。泣き崩れるマリアベールを、サウダーデ自身涙とともに見つめるしかなかった。
さらに言えばその数年前には彼女自身、酒の飲み過ぎで倒れてしまい、飲酒に関してドクターストップがかかってしまい強いショックを受けてしまったとも聞いている。
正直に言えばマリアベールが心労のあまり、今も気落ちしてしまっているのではないかと気に病んでいたところもあったのだ。
しかして今、目の前の師匠からはそのような陰鬱は感じられない。それが嬉しく、彼は静かにホッとしたのである。
「へへへ! お二人にもこの町の発展具合を一度、直に見てほしかったんですよ。積もる話もあります、まずは宿にご案内しますよ。行きましょう、サウダーデさん!」
「そうだな、ロナルドくん。ではこちらへどうぞ、二人とも。俺達の町、客船都市へようこそ」
この中で一番若いロナルドがテンション高く意気揚々と案内を促す。彼の元気さは場を明るくするものだと、サウダーデも笑って応えた。
古今東西のS級探査者が四人。あまりにも豪華な太平洋探訪旅行が、ここに始まったのだ。
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