89年目-2 WSO特別理事マリアベール・フランソワ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(71)
ソフィア・チェーホワ(???)
現代の大ダンジョン時代において、マリアベール・フランソワという探査者にはS級探査者として以外にもう一つ、特異な側面と立場がある。
WSO特別理事……古くは重鎮レベッカ・ウェインが収まっていた立ち位置を、まさしく後継する形で同じ座に就いているのだ。
これはWSOのトップたるソフィア・チェーホワ統括理事ともう一人、他ならぬレベッカ自身の考えが根底にある人事だった。
生前のレベッカは、遺言というほどでもないが自身の死後、マリアベールを特別理事に据えるのが良いと度々、溢していたのだ。
年は離れていたものの気性のよく似た女傑同士、波長の合うものを覚えていたがゆえなのだろう。
どうせ誰かが後釜に収まるのならば、それはマリアベールが良いとレベッカは望み……それを覚えていたソフィアが、叶えようと打診した形になる。
とはいえ当初、マリアベールはそれを固辞していたのだが。
権力欲になど微塵も興味も関心もなかった彼女にとり、いかに大先輩かつ故人の遺志だったとて、WSOの重役などという責務を負いたいなどとは露にも思わなかった。
それでも彼女は最終的には特別理事に就き、現代に至るまでを名実ともに大ダンジョン時代の大御所として過ごすこととなるのであった。
レベッカ・ウェインが100歳で亡くなってから2年して、ソフィアはその話をマリアベールへと持ちかけた。
亡くなった彼女が生前勤めていた役職──WSOの特別理事という椅子に座らないか、という打診である。
「あの席は元より名誉職、レベッカちゃんも第一次、第二次モンスターハザード解決に大きく寄与してくれたことから由来しての役職だったのよ。第四次、第五次、第七次のモンスターハザードを解決に導いたあなたならそれに相応しいと言えるわ」
「ちょ、ちょーっと待ってくださいよソフィアさん! いきなりなんだってんですかい、やって来て何かと思えば、レベッカの婆様の後釜!? 私がァ!?」
イギリスはコーンウォール、フランソワ邸。
今やマリアベールが一人暮らし、何人かの使用人が身の回りの世話をするばかりの家に突然やってきたのはソフィア・チェーホワ。WSO統括理事として一世紀近くに亘り世界を牽引する永遠の探査者少女だ。
そうしていきなり特別理事となれ、と告げてきたことに目を白黒させて、マリアベールは数年前に亡くなった元特別理事について思い返した。
レベッカ・ウェイン。2年前まで存命していた探査者だ。享年驚異の100歳、文字通り一世紀を生き抜いた女傑中の女傑であった。
古くは大ダンジョン時代開始から10年目に起きた第一次モンスターハザード、23年目に起きた第二次モンスターハザードに関与し、ソフィアやエリスとともに解決のために奔走した古強者である。
その後は内勤に移り、以後WSOの事務職から出世して特別理事の座に就き半世紀以上もソフィアの片腕として活動していたのだが……
自らの死期を悟り勇退を表明。そのわずか半年後に、眠るように息を引き取ったというのが彼女の人生だった。
もう70歳にもなるマリアベールにとっても、年季で言えばエリス以上の大先輩にあたる彼女は尊敬に値する探査者だった。
ダンジョン探査そのものからは手を引いていたものの、事務的な部分や政治方面で最期近くまで精力的に動き回っていた姿は、老いていく我が身をも元気づけられるような心地になったものだ。
そんな彼女の後を継ぎ、特別理事になれとソフィアはいうのだ。
困惑もしきりに、想うところを問い質す。
「まずねえ、ソフィアさん。私ゃこの年になるまで外勤以外やってこなかった人間ですよ? いくら半ば名誉職ったって、政治的な動きとかいろいろ絡んでくるし影響力だって持つのがその役職だってのは、それこそレベッカの婆様見てりゃ分かりますよ」
「別に必要なわけじゃないわよ、そんな政治的な素養とか。レベッカちゃんはアレ、自発的に好き放題してただけだもの」
「…………はい?」
「内勤に移っても元々は北欧最強の荒くれ探査者。とにかくあちこちに首を突っ込む世話焼き気質な上、話をまとめるカリスマ性もあったから自然と影響力を持つようになったのよ。本来の特別理事は本当に名ばかりに近い存在なの」
「いや、何してたんですかあの婆様は……アグレッシヴ過ぎるでしょうに……」
故人をとやかく言うわけではないが、それでも本来お飾りであった特別理事という役職を利用して好き放題していたらしいレベッカの過去に、マリアベールは今さらながら桁違いに常識外れだったかの女傑を思い返して引いていた。
自分もピーク時は大概だった自覚はあるが、あの老婆はおそらく若い頃から死ぬ直前までひたすらそんなだったのだろう。
思えば政治家としての弟子であるサン・スーンが彼女の死に際し、号泣しつつもどこかホッとしていた様子だったのを思い出す。
彼も最近ではすっかり若い頃の輝きを失い海千山千の古狸になってしまったが、それでもレベッカには結局ずっと頭が上がらなかったようだ。
東南アジアの英雄にさえそうさせるだけの豪快な、パワフルなカリスマというのはたしかにレベッカが備えているものと言えた。
「レベッカちゃんと同じことをやってほしいわけでなく、とにかく特別理事という特殊な、ある種象徴的な立ち位置にあなたがいてほしいのよ。なんだかんだ、やっぱり大ダンジョン時代で一番有名な探査者はあなたでしょうから、ね」
「えぇ……?」
「露骨にそんな嫌な顔しないの。名前を貸すだけだと思って、ね?」
あからさまに顔をしかめ、嫌そうな顔をするマリアベールに頼み込むソフィア。珍しい構図ではあったが、ここまでこの人に頼み込まれると弱いと彼女は頭を抱える。
──結局この後、マリアベールは特別理事への就任を承諾。ここにWSO特別理事、マリアベール・フランソワが誕生したのであった。
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