89年目-1 エリスとアレクサンドラ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
アレクサンドラ・ハイネン(25)
エリス・モリガナ(84)
ダンジョン聖教の六代目聖女として、爆発的なまでに組織の勢力や影響力、政治力を強めていっているアンドヴァリ。
これまでにも歴代聖女の尽力によって世界的宗教として浸透しつつあったかの宗教が、彼女の代でもはや揺るぐことない立ち位置の大宗教の位置付けを確立したのは間違いない。
さてそんなアンドヴァリ、当時最新の聖女に対してコンタクトを取ったのが初代聖女エリス・モリガナだ。
厳密に言えば彼女から始まったわけではないダンジョン聖教──実際に始めたのは二代目聖女ラウラ・ホルンで、エリスは神輿として担がれた形となる──であったが、それでもここまで勢力を急に拡大させたとなっては気にしないわけにもいかないのが彼女の立場であった。
すなわち初代聖女であり、能力者犯罪捜査官でもある身として。
一宗教組織がかくも各国に影響力を持つようになった背景には何かしらの怪しいものがあるのではないか、と。そう思うのは無理からぬものなのだ。
結論から言えばエリスのそうした疑念は半分当たり、半分外れだった。
聖女としてのアンドヴァリはただ純粋にダンジョン聖教を広めるために邁進していただけであり、そうした意味では外れており。
一個人としてのアレクサンドラ・ハイネンは実のところ委員会とつながりがあったので、そうした意味においては当たっていたと言える。
とはいえ聖女時代のアンドヴァリは委員会とのつながりを完全に絶っていたこともあり、エリスがそのことに気づくことは終ぞなかった。
直接邂逅して語らう機会をもってしても……アンドヴァリは、アレクサンドラの本性を決して悟らせなかったのである。
フィンランドにあるダンジョン聖教の聖地、モリガニア。
聖都とも呼ばれるこの場所の中央、広場前の大聖堂の聖女専用執務室にて二人の聖女が向き合っていた。
六代目聖女アンドヴァリと、初代聖女エリス・モリガナ。
聖女継承の儀以来、初めて腰を落ち着けての両者対談だ……たまたま故郷たるモリガニアの両親の墓参りに訪れていたエリスにアンドヴァリが気づき、誘いをかけた形になる。
ソファに腰掛け対面する。
お互いに緊張はないが、そもそもほとんど初対面同士だ。気軽ながら気楽とは言い難いやり取りを、ぎこちなく交わし始めていた。
「ハッハッハー。こうやって一対一で向き直るのは初めてだね、ハイネンくん。いやアンドヴァリくんと呼んだほうが良いかな?」
「そうですねえ……聖女としての私はアンドヴァリを公称としておりますのでそちらのほうにしていただければ。うふふ、伝説にして神話存在、初代聖女様その人とこうしてゆっくり語らうことができること、身に余る光栄に思います」
「いやーハッハッハー。伝説とか神話とか、正直困るんだけどねエリスさん的に。いやほんと、なんでこんなことに……」
頭を抱えるエリス。どうしてこうなった、というのはそもそもダンジョン聖教の存在そのものに対して常から抱いているものではあるが……
とりわけエリス個人を完全に神格化してしまっている点についてははっきりとした困惑を隠せないでいる。
すでに亡き二代目聖女ラウラ・ホルンが組織した宗教の、異様なまでの勢力拡大と浸透化。
それをもって初代聖女伝説は完全に神話同然となったのだから、当の本人としては勘弁してくれの一言だった。
そんなエリスを面白そうに見るのがアンドヴァリだ。
話に聞き、そして継承の儀においても見た初代聖女。歴代聖女の間でのみ実在が語られる、スキルによって不老存在と化した生きる伝説。
それがいかにもコミカルに思い悩みを吐露しているのだ。意外さと、ある種の複雑さがあり、彼女は微笑みとともに声をかける。
「ふふ……不老存在の方にも思わぬ悩みごとがあるものなのですねえ。私はてっきり、初代様は超然とした方と思っていたのですが」
「そんなことないよー。たまたま、本当に偶然不老体質になっちゃっただけでさ。元を糺せば結局田舎生まれの田舎娘なんだから、そんな達観してなんて生きてけないよ、ハッハッハー」
「そういうものですか? ……そうなのでしょうねえ」
軽いノリで話すエリスにくすくす笑うアンドヴァリ。表面上は穏やかなものだが、その内心はいかなるものだろうか。
少なくともエリスからしてみれば、そこに偽りの色は感じられなかった……本音の色もないが。とにかく仮面と言うべきか、正直なところを悟らせない容器しているとは思えたが、その下にあるモノが善なるか悪なるかは判別がつきかねるのだ。
そして、その仮面を無理矢理剥がす気もない。
ここに至るまでいろいろ話してみて分かったが、どうやらダンジョン聖教の運営に関してはほぼほぼ完全に、善意というべきか聖女としての立場オンリーで行っているようだとエリスは見ていた。
先代の、五代目聖女たる神谷美穂への敬意は本物だったからだ。
「アンドヴァリくんは、神谷くんの跡を継いでこの組織をたくさんの国に広めようとしているんだね……いや、にしても急に拡大路線に踏み切ったなーって思うけど」
「ええ、神谷先生が蒔いた種を、私が収穫するようなイメージですねえ。あの方もどちらかといえば拡大主義的でしたが、三代目様と四代目様が保守、あるいは内向きの改革に手を入れていらっしゃった分、外に向けた施策は未知数でした」
「そこに神谷くんが着手した、と。ただ彼女の代では伏線を張るに留まっていたんだけど、アンドヴァリくんが聖女になってようやく効果が出てきたって感じなんだね」
「はい。歴代聖女の皆様方、それぞれ敬意に値する方々なのは言うまでもありませんが……私はやはり、師であり先代である神谷先生こそが特に評価されるべきだと存じます」
誇らしげに師を、先代を語るアンドヴァリからは先程までと異なり本音の色が見える。素顔を晒しても構わないほど、神谷をリスペクトしているのがそこにはありありと現れていた。
かつて、少女アレクサンドラが神谷に直接弟子入り志願した際。他者の心無い暴言に晒されたアレクサンドラを庇い、代わって激怒してくれたのが他ならぬ神谷だった。
その恩だけは忘れられない。聖女になっても、委員会と裏でつながっていたとしても。
たとえ死んでも、地獄に落ちても──後々に裏切ることになったとしても。あの日、あの時に自分のために本気で怒ってくれた姿は、今もアレクサンドラの心の真ん中で光り輝いていた。
「君は、神谷くんのことが大好きなんだね」
「……はい。何があろうと、彼女は私にとって終生の恩師です」
滲むような微笑みで、心底から嬉しそうに語る。
エリスの目から見て、アンドヴァリの本心がそこにはあった。
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