88年目-1 ベナウィとアイオーン
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ベナウィ・コーデリア(29)
ロナルド・エミール(30)
サウダーデ・風間(47)
S級探査者への昇格を果たしたベナウィ・コーデリアだが、当然というべきかそのことを師匠に直接報告すべく、翌年には太平洋を訪問した。
すなわち同じくS級探査者でもあるサウダーデ・風間である。彼の弟子として探査者以前に人としての礼儀なども叩き込まれた身としては、さすがに報告しなければ筋が通らないと考えたのである。
武者修行の始まりからこちら、実に10年近くも訪れていなかった太平洋客船都市。
旧知の仲もいれば新しく見る顔もいたのであるが、その中でも一際、互いに互いを強く意識する相手とこの時、ベナウィは出会っていた。
ロナルド・エミール。またの名をS級探査者アイオーン。
揃ってこの時代においては同世代の星とされた二人が、ここで初めて出会ったのである。
元よりサウダーデやアラン、マリアベールなど共通の知り合いこそいたものの、活動圏やタイミングがことごとく入れ違いになる形でこれまで、会うことのなかった二人の初対面こそがこの時であった。
10年ぶりに訪れる太平洋は、かつてに比べ格段に広く、大きくなっていた。
否それだけでなく文化文明も発展しており、ベナウィは驚きを隠せぬままに師匠サウダーデの歓待を受けたのである。
「いや、はや、なん、ともはや……変わりましたねえ、太平洋も。見違えるようですよ」
「そうだろう? 日本はじめ先進国が続々と、この太平洋経済圏に参入してきているからな。まだまだ陸地に比べると不便も多いが、それももう10年もしたら追いつくだろうとは言われているぞ」
「へぇー……!」
太平洋客船都市に建てられた巨大タワー、通称パシフィックツリーの最上層展望台から臨む、凄まじい規模の都市。
もはや太平洋にぽっかり空いた大穴の、周辺すべてが連結された船という有り様だ。これはあまりにも想像を超えたものであり、さしものベナウィも絶句する他ない。
それを楽しげに、かつ誇らしげに見守ってサウダーデは笑った。
彼にとっては10年以上住む地、ましてや最初の開拓民とも言える大古株だ。この地にて妻を得、子供さえ儲けた今となっては弟子を圧倒するまでになってくれたこの都市に、もはや強い帰属意識すら抱いているほどである。
そして、もう一人。
ソワソワしつつも景色に見とれるベナウィを見る、一人の男がいた。若白髪で中肉中背、20代前半か場合によっては未成年にさえ見える。
そんな青年は小声で話しかけた。
「サウダーデさん。この人が、その噂のお弟子さんですか?」
「うむ、ベナウィ・コーデリアだ。いろいろ、妙にうっかりがちなところは健在だろうが……それでも君にも負けない頼れる男だ。自慢の弟子だよ、ロナルドくん」
「そこまで言わせるほどなんですね……!」
愛弟子に太鼓判を押すサウダーデに、青年──ロナルド・エミールは驚きながらもベナウィを見た。
太平洋ダンジョンを攻略する3つのクランのうち一つ、レッツゴー太平洋のリーダーでありかつては第七次モンスターハザードを解決に導きもした英雄、改造兵器人間アイオーン。
悪の組織ノインノア・ジェネシスによって改造を受けた体は加齢が遅く、見かけは若いが実年齢はすでに30歳手前であった。
つまりはベナウィともほとんど同年代となる。
探査者としては数年、ロナルドのほうが歴が長いが……それでも今や同じくS級探査者同士だ。上も下もありはしないと、ロナルドは意を決して彼に話しかけた。
「ええと、はじめましてコーデリアさん。俺はサウダーデさんの友人でS級探査者のロナルド・エミール。アイオーンという通り名のほうが有名かもしれません」
「おお! やはりあなたがあのアイオーンですか! 第七次モンスターハザードの英雄、そして太平洋ダンジョン攻略の雄とも聞いていますよ! はじめまして、同じくS級探査者のベナウィ・コーデリアです。気軽にベナウィと呼んでください、お会いできて光栄ですよアイオーン」
「よ、よろしく……!」
2mを超える巨体に、そもそも他者とのコミュニケーションに若干の気後れ感を覚えがちなロナルドだったが。明るく陽気に振る舞い、フレンドリーに握手を求めてくるベナウィに表情を柔らかくして喜んで応じた。
極めて友好的な初対面だった……こればかりはベナウィの人徳、人間力だろうと様子を見ていたサウダーデは満足げにうなずく。
それは、ベナウィの生い立ちにも由来するのだろう。私生児として一人、母を護りながら強かに立ち回ることを余儀なくされた少年時代。
そこから母を失いそれでも太平洋にて生計を立てようとした矢先に探査者として覚醒、サウダーデの弟子となり今に至る。
そのような来歴ゆえ、彼は誰に対しても常に紳士的に、優しく、それでいて大胆に懐に入り友誼を結ぶ。
一言で言ってコミュニケーション力が抜群に高いのである。単純暴力では決して成し遂げることのできない、人間力ともいうべき彼の長所。サウダーデにとってもベナウィのそうした個性は、師匠として、探査者として以前に一人の人間として好意を抱き尊敬している。
ロナルドもまた、ベナウィのそうした人間力にすっかり心を開いたようだった。
照れくさそうにはにかみながら、彼に太平洋客船都市の光景を紹介している。まるでかつての自分とアランのように……若き英傑達が、親しくなろうとしているのだ。
「先生も、こんな気持ちだったのだろうな……」
サウダーデにとっての師、マリアベールのことをふと、想う。
かつて、今の自分と同じくらいの歳だった彼女もきっと、こんな想いを抱いていたように思えるのだ。
これもまた、時間の流れというものだった。
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