87年目-3 シェン・フェイリン
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・フェイリン(0)
シェン・フェイオウ(54)
シェン・ハオラン(11)
シェン・ランレイ(8)
────そして、約束の時が近づいてきた。
シェン一族に若き新風が吹き始めた頃。ついに待ち望んでいた存在が、その小さな命に溢れ出んばかりの生命力をもって産声をあげたのだ。
里長シェン・フェイオウが末子、シェン・フェイリン。
現代においてはわずか14歳、探査者となって一年しか経過していないにもかかわらずすでにA級トップランカー級、否、S級探査者の域にまで達しているとさえ噂される天才拳法家である。
彼女も他のシェンの例に漏れず星界拳を修めているのだが、その範囲と習熟度があまりにも異様だった。
兄ハオラン、姉ランレイもそれぞれの流派においては天賦の素質を開花させているのだが、フェイリンに至っては100近いとされる星界拳の流派すべてをすでにマスターしており、あらゆる派生技を超一級の練度でもって使いこなせているのだ。
したがって当然ながらその実力も異常の一言だ。
探査者として数年先輩であり経験も豊富だろうランレイをも凌ぎ、シェン一族の長い歴史の中で後にも先にもフェイリン以上の星界拳士は出てこないのではないか……などとさえ不安視されるほどに、その存在は隔絶していた。
歴代シェン一族が。
里長から末端に至るまでありとあらゆるすべての星界拳士が。
その身、その心、魂までをも燃やして少しずつ積み重ねた血と鍛錬、執念の結晶にして結実。
そして、始祖シェン・カーンがソフィア・チェーホワと交わした遠い約束を、ついに履行する者。
"完成されしシェン"。そう、フェイリンこそは世界までもが待ち望んでいたキーパーソンの一人であったのだ────
ついに三人目の子供を儲け、フェイオウは喜びのあまり酒杯を押さえきれずに何度となく傾けていた。
ハオラン、ランレイに続く三人目の我が子……54歳になっての娘だ。可愛くないはずもなかった。
「フェイリン、かわいい……」
「べろべろばー! べろべろ、ばあー!!」
子守をする我が子二人が、生まれたばかりの赤子を愛でる姿もまた、愛しく尊いものだ。フェイオウはそれが嬉しくて誇らしくて、妻と二人、優しくその光景を見守っていた。
一族の運営も順調だ。先代里長ロウハンの目指した近代化はまさしく実現し、今やシェンの里は設備だけならちょっとした都市にも匹敵するほどの情報化を果たしている。
それに伴い星界拳の鍛錬もより合理的でかつ、より洗練された効率の良いやり方を研究し、日夜若き精鋭達が精進し続けていた。
無論、勉学のほうにも力を入れており、里から何人も大学に進学する者も出てきている。
そうした者達もやはり一族の繁栄を強く意識しており、各々が進んだ分野で取り入れた知識や研究成果を里に持ち帰り、より良い方向にシェン全体が進めるよう、活かそうとしてくれているのだ。
これはとても素晴らしいことだった……ロウハンはここまで見越していたのかと、すでに亡き賢者の先見の明に今さらながら慄き、そして畏敬の念を抱くほどに。
「ロウハン、いや先代様がもしも存命でいらっしゃったならば、どのような里になっていたのであろうなあ。今の、儂らの里とそう違っておらぬとは思いたいところだが」
「きっと同じですよ、あなた。先代様の遺志を継いで、あなたはここまでひたすらに頑張られたのですもの」
「うむ……力不足ながら、それでも精一杯できる限りのことをしている自負ならばある。里のみんなの力を、手を借りることさえ含めて。かつて孤高の餓狼を気取っていた男が、我ながらずいぶん変わったものだよ」
薄く微笑む妻、ミンファの励ましめいた言葉は、いつもフェイオウにとって勇気と自信、そして気合をもたらしてくれるものだ。
そう、ずいぶん変わったとフェイオウはもう一度つぶやいた。15年前にロウハンの遺志を継いで里長となる以前には、彼は孤狼を気取りただただ孤独に星界拳の鍛錬を積み上げていた。
他人などどうでも良かった。もちろん誰にも迷惑をかけるつもりはないが、できることならば誰ともかかわらずひたすら己の拳を追究していきたかった。
それは結果として叶わずフェイオウは里長となり、嫁を得、家族を得、それまでのスタンスを変えてロウハンの望んだシェンの改革を引き継ぎ邁進することとなったが……そこに後悔はない。
「当たり前の事だった……儂個人の力などどこまで高めようが精々50年かそこらのもの。だが歴代の里長達、そして過去の先人たるシェンの者達はみな、未来のために己の魂を捧げたのだ」
「魂を、捧げる……」
「一人だけが当代、100歩先を征くよりも。誰もが100年後、一歩前に進む。未来とはそうあるべきなのだ。少なくともこれまでのシェンはそう信じて、星界拳を少しずつ、少しずつ高めていった」
どんな天才も、はたまた凡人でも関係ない。すべては星界拳を高めるため、過去あらゆるシェンが日々を重ねてきた。
そしてそれを未来へ託し、さらに先へとつなげていくのだ。視線の先、ハオランやランレイ、そしてフェイリンを温かく見やる。
「"完成されしシェン"は未だ遠いだろう。だがだからこそ、儂らはどこまでも高みを目指していけるのだと信じる」
「それは、たしかにそうかもしれませんね」
「ハオランやランレイ、フェイリンが将来どんな人間となり、どんな星界拳士となるかは分からぬ。だができればだが……完成せずとも、未完成のままでも。未来を見据えて歩いていける強さを身につけてほしいものだ」
我が子らへの願いを口にする。多くは望まない、ただ前だけを向いていける心の強さをこそ望む。
────そんなフェイオウだが14年後、成長したフェイリンが"完成されしシェン"の異名を持つにふさわしい才覚と素質を開花させ。
あまつさえついに訪れたソフィアとの約束を履行することになろうとは、この時にはまったく予想さえもしていなかった。
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