83年目-4 それでも、生きていくということ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(65)
エリス・モリガナ(78)
ヘンリーの死は、マリアベールをさらに打ちのめした。酒が飲めなくなったところに加えての最愛の喪失は、精神的に極めて大きなダメージを与えていたのだ。
それでも心が折れることなく探査者業を続けていけたのは、周囲の精神的フォローと何より本人の固く、強い意志の賜物ゆえに他ならないだろう。
すなわち己のファースト・スキル《ディヴァイン・ディサイシヴ》への探究心である。
ことここに至り、もはやマリアベールはこれこそが己の余生すべてを費やす道、残された使命だと思うようになっていた。
もはや半ば、諦めていた謎を明かす気概。多くの大切なものを短期間に失った彼女にとって、それでも謎多きファースト・スキルだけは最後まで残ってくれていたのだ。
そしてそれが、彼女の生命活動を支える縁の一つとなった。
加えて彼女の生きる理由はもう一つある。愛孫アンジェリーナの存在である。
ヘンリーともども目に入れたとて痛くないほどに可愛がっている孫娘に、腑抜けになった祖母の姿をいつまでも晒すわけにはいかない。
そんな想いもまた、彼女を支える一因となった。ある種の意地である……生来の気の強さが、彼女を生かした形だ。
そしてもう一人。この頃に何より大切な人を失った者が、彼女の下を訪ねた。
初代聖女エリス・モリガナ。妹たるラウラを失い、それでも幸せに生きることを決意した不老存在である。
数年ぶりの再会は、やはりというべきか喜ばしいばかりのムードではなかった。イギリスはコーンウォール、フランソワ邸での一幕である。
マリアベールがドクターストップを食らった時もそうだが、どうにも薄暗い雰囲気が漂っていた。居間にて二人、紅茶を飲みながら向き直る。
ヘンリー・フランソワの逝去。数年前の時点ですでに相当、具合が悪そうにはエリスにも見えていたが、まさかこのタイミングとは思っていなかった。
自身も妹たるラウラ・ホルンを亡くした矢先のことだったのだから、余計に気が滅入ってしまうというのが本音のところだ。
どう、話すべきか……気持ちの整理はエリスのほうがまだ、ついているのだからマリアベールを落ち着かせ、慰めたい気持ちはもちろんある。
あるが、それをいかに伝えるか。ここが問題だった。考えあぐねるうち、マリアベールのほうから話が切り出される。
「エリス先輩……すみませんわざわざ、駆け付けていただいちまって。先輩もラウラさんのことで、大変なところでしょうに……」
「あ、いや……気にしなくていいんだよ、マリー。私のほうは半ば、覚悟できていたことだから。それより私こそごめんね、葬儀に間に合わなくって」
「ファファファ……それこそ気にしないでくださいよ。先輩が世界各地を巡っているなんてのは昔からだし、むしろこうして急遽来てもらっちまったのは、正直ありがたいくらいです」
お互い、気を遣った話ばかりでどうにも言葉が詰まる。ともに大切な人を亡くして間もない者同士、どうしたところで話など弾むわけもないのだ。
沈黙。マリアベールの体調の都合から、もはや酒さえないこの家にはもう、エリスの知る温かな空気は少しも流れていないようにさえ思える。
使用人達もどこか腫れ物を触るみたいにマリアベールを遠巻きに見るばかりだ。これでは、当のマリアベールも辛いだろうにとエリスは瞑目するしかない。
虚しさすら孕む静けさの中。やがてポツリと、マリアベールは続けて言った。
「……心配しないでください、先輩。今はさすがに落ち込んじゃいますが、またいつか、そのうち元気になりますよ、私も」
「マリー……空元気も時と場合だよ。元気ぶるのは良いけど、無理にそんなことしちゃいけないからね?」
「いや、空元気とかじゃないんですよ。私にゃまだ、やりたいことがあるんだってことに最近、思い至りましてね」
力なく笑う老婆。その姿からは気力の欠片も見えてこないのだが、それでも瞳の奥底には少しだけ、ほんの少しだけ希望らしい生気が見えることにエリスは気づいた。
夫を喪い、酒も失い、もっと言うならドラゴン戦以降においては明らかに体力気力も失っているマリアベール。そんな彼女に宿る希望とは、やりたいこととは、一体?
静かに耳を傾ける。
マリアベールはそして、微かに笑った。
「先輩にも話したこと、あったでしょう……《ディヴァイン・ディサイシヴ》。探査者になって今に至るまで一切が謎のままの得体のしれない私のファースト・スキルについて、少しでも納得のいく答えを見出したいんですよ」
「君の……ファースト・スキル。たしかに何度かは聞いたことあるけど、それが今の君の、生きる理由なんだね」
「ええ。つっても他にもありますよ、アンジェとかね……ファファファ。このマリアベール様も結局人の子ってわけでしてね、孫娘の行く末を、死んだ目をして見届けるなんざ御免なんですよ」
未来への展望。過去からの宿題、あるいは未来への希望。
まだ、自分にはやりたいことがわずかにでもあるのだ。そう話をしているうちに、マリアベールの瞳の光は徐々に、しかし確実に強くなっていくことに気づいてエリスは息を呑んだ。
生きる理由……たとえすべてを失っても、それでも、生きていくということ。
それを支える理由とは、いつでも、どんなときにでも。その人自身の内から出ずる、夢や理想がもたらすものなのだろう。
「…………そっか。それは、まだまだ元気で生きていかなきゃね。マリー」
「ええ、なんか話してたら元気が出てきましたよ……ファファファ! ったくいくつになっても単純なもんですね、私ってやつぁ!」
これならきっと、今すぐは無理でもいつか必ず、マリアベールは元気を取り戻すだろう。
そう確信してエリスはやっと、肩の力を抜いて微笑むことができたのであった。
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