83年目-3 ヘンリー・フランソワ死す
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヘンリー・フランソワ(享年66)
マリアベール・フランソワ(65)
ソフィア・チェーホワ(???)
半世紀近くにも亘る暴飲がついに祟り、ドクターストップによって酒を断たざるを得なくなったマリアベールだが、そこから数年が経った頃にはさらなる不幸に見舞われることとなった。
夫ヘンリーが死んだのだ……もうずっと、長らく体調を崩しがちだったこともあり、周囲もある程度覚悟している中での逝去だった。
ドラゴンとの一戦により若さを失い、ドクターストップにより酒を失い、そして病によって夫をも失う。
自身の人生において、これほどまでに多くのものを失った時期はもうないだろうとマリアベールは後々、マスコミのインタビューにて答えている。
それほどまでに辛い時期をこの頃、彼女は迎えていたのである。
だが、そんな彼女の周囲には彼女を支える人も当然、大勢いる。長い探査者人生の中で培ってきた人脈、人徳によって得た友人知人達。
彼ら彼女らこそが、マリアベールを絶望の淵から救い出してくれたのだ──
夫が死んだ。そのことに、マリアベールは自分でも意外なほどにショックを受けていた。
結婚してから今に至るまで、お互いほどほどに自立した距離感で生活できていたと思っていたからだ。
たとえ自分が先に死んでも、なんだかんだヘンリーは飄々と生きていくのだろうし、同じように彼が先に死んでも自分も特に、そういうものかと悼みつつそれでも元気に生きていけると信じていた。
けれど現実には、ヘンリーがもうこの世のどこにもいない、二度と会えない、声が聞けないと思うだけで自然と胸が痛み、涙が溢れ嗚咽を漏らしてしまうのだから……彼女は今さらすぎるのだと小さく、つぶやいた。
「私、わたし、は……ヘンリーを、愛していたんだねえ……っ」
「マリーちゃん……」
ヘンリーの葬儀を終えて、イギリスはコーンウォール、フランソワ邸。
娘のエレオノールやその夫ロベルト、孫娘のアンジェリーナをはじめ多くの関係者が集い故人を偲ぶちょっとした食事会を開いていた時のことだった。
思い出話を語り、聞き、そうしているうちに感極まったマリアベールが涙を流し始めたのだ。
彼女のすぐ近くにいたソフィアがその背を撫で、彼女の心がせめて少しでも慰められるようにと軽く抱きしめた。
アランやサウダーデ、ベナウィ他、マリアベールがこれまでに育ててきた多くの弟子達もみな集い、彼女を心配している。
周囲の人々にとっても、あるいは娘のエレオノールにとってでさえも、マリアベールの涙を見るのはこれが初めてのことだった。
常に大胆不敵で強気、たとえ格上相手にも気に入らなければ即座に噛みつく女傑中の女傑……そんなイメージを身内にすらも抱かれていた彼女が今、大粒の涙を流して背中を丸め、身を震わせて愛する者を失った悲しみに暮れているのだ。
思わず貰い泣きする者さえ、あちらこちらで見られるほどだ。
それだけ、マリアベールもヘンリーも多くの人に愛されている。
ソフィアはそう感じ、彼女の背を撫でながらも静かに呟くばかりだ。
「人の死は、いつになっても……辛くて、悲しくて。そして寂しい。それが愛する人であれば、なおのこと」
「うう、うう……っ」
「…………何年生きても、そうね。置いていかれることの苦しみには、ええ、耐えられるものではないもの、ね」
言葉に出来ない。ソフィアをしてマリアベールにかける言葉が見つからないまま、それでも胸に感じる想いをただ、口にする。
ソフィアとて、否、ソフィアだからこそ痛切に思うことだ……大ダンジョン時代が始まるずっと前から、失うことばかりの人生だったがゆえに。
家族。友人。知人。"先々代"。"先代"。そして己自身さえも。
最期に護りきれた"相棒"を除いてソフィアこそ、その人生においてすべてを失ってきたと言えるだろう。
それでも、今がある。
たとえ果たせなかった使命がゆえのことでも、本来ならばいてはならない自分であっても、たしかに生きてここにいるのだ。
そしていろんなものを得た。失ったものと比較するようなものでもなければ釣り合いなど論ずるべきものでもないが……ソフィアはたしかに、すべてを失ったところから今、ここまで来れたのだ。
だから。ソフィアはマリアベールへと言葉をかける。
抱きしめながら、囁くように。あるいは、祈るように。
「それでも、生きていくのよ私達は……命ある限り」
「ソフィア、さん」
「いつ、どんなところで、どんなふうにして終わるかも知れない。終わりたいと思っても終われないことさえある。逆に終わりたくなくても終わってしまうことも。だから生きるのよマリーちゃん。ヘンリーくんがそうしたように、私達もまた、どうしたところでそうしていくしかないのよ、きっと」
あるいは彼女自身が、自分にそう言い聞かせるように──
愛する者を失った大事な友人へ、言葉を放つ。
慰めの励ましを口にするソフィアに、マリアベールは黙って泣きながら縋りつき。
そして周囲の者達もまた、涙ぐみながらもヘンリーを悼み続けるのだった。
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