83年目-2 さよなら、ラウラ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ラウラ・ホルン(享年75)
エリス・モリガナ(78)
ヴァール(???)
──ダンジョン聖教二代目聖女、ラウラ・ホルンがこの年、逝去した。
ついに訪れたその報せに、世界中が動揺し、哀悼し、そして悲嘆に暮れたのである。
予てより老衰と認知症が進行しており、もはや長くはないと噂され関係者もみな、覚悟していたことではあったが。
それでも世界的宗教の始祖にして広く愛された"聖女の中の聖女"の死は、多くの人々に悲しみをもたらした。
その最期は極めて穏やかなものだったのはせめてもの救いだった。愛する家族、友人知人、そして永遠の姉に囲まれて優しく静かに息を引き取ったのである。
不思議なもので、意識もろくになく、あったとしても夢現のいわゆる譫妄状態であったのが、"その直前"には明瞭に自我を取り戻し、微笑んで逝ったのだ。
言葉はなかったが、その場にいた誰しもに理解できた……彼女は幸福の中、旅立ったのだと。
そんな微笑みだった。
彼女の葬儀は大々的に行われ、歴代聖女からWSO統括理事や役員、各国政府の首脳陣までもが出席する壮大な規模となる。
もちろんのこと彼女の姉、初代聖女エリス・モリガナも出席し、永久の旅に出た妹分へと別れを告げた。
そして、その夜。
ソフィアの屋敷にて、彼女は密やかに、ヴァールと語らい故人を偲んでいた────
静かに、夜が更けていく。
ヴァールとエリスは、お互い、無言のままにグラスを傾けていた。
「…………」
「…………」
先程まで多少でも弾んでいた話も今はなく、静寂ばかりが場を満たす。
今日、しめやかに葬儀が行われたラウラ・ホルンについての思い出話もそこそこという頃合いだった。不意に訪れた沈黙が、まるで永劫に続くかのように二人には思われる。
「……君には、ワタシを恨み、憎み、嫌悪する理由と権利がある」
不意に、ヴァールが口を開いた。常からの無表情をさらに鉄面皮で覆ったような無色の顔つき、そして平坦な声色。
何を言い出すのかと、エリスが顔を上げる。彼女に向けて、さらに言葉は紡がれた。
「元を糺せばワタシが君を戦いに巻き込んだことで、君は望まぬ不老に陥り、そして今に至ってしまった。君にラウラや家族との望まぬ別れを強いたのはワタシだ。どうか、恨んでくれて良い」
「ヴァールさん……言いっこなしですよそんなの。私は私の意思で戦いに臨んだんです。だからその結果起きたこともすべて、私自身の責任ですよ」
「それでもだ。背負った使命に殉じようとするあまり、君の人生を、ひいては君の周囲にいた人々の人生までをも踏みにじってしまった。許されないことだ……すまない。本当に、すまない。謝って許されることではないけれど、せめて謝罪だけはさせてくれ」
エリスの言葉は慰めもあるがれっきとした事実だ。彼女はたしかに巻き込まれる形で第二次モンスターハザードに関わり始めたが、それでもそこにあったのはたしかに己の意思と選択なのだ。
であるならばその果てにあったもの、そしてその延長にある今をどうして他人のせいにできようか。
そう説得してもヴァールは、それでもと頭を下げる。彼女にとってエリスとは、ある意味では己がしでかした大ダンジョン時代における罪過の象徴だ。
巻き込んではいけなかった。変わったスキルの使い方をしていると目をつけた結果がこれだ。エリスは限界を超えて《念動力》を使用した結果、"本来あってはならない挙動"を引き起こし──そしてスキル《不老》を得た。
確証はないが、おそらくそういうことだろう。かつて、大ダンジョン時代が始まる前にヴァールがいた"領域"でのこと、仕組みを思えばそうとしか考えられない。
だからこそこれは自分のせいなのだとヴァールは断じていた。裏側を知りながら、そうなる可能性を知識として知っていながらなお、そうなるはずがないと思い込んだがゆえに。
だから頭を下げる。もはやどうにもならずとも、せめて謝意を伝えたかった。
家族にも、友人知人にも、ついには妹分にまでも置いていかれてしまった彼女に……もう、ヴァールはそうするしかできなかったのだ。
やはり、沈黙。
少しの間、二人とも身動ぎ一つしない。
やがて、エリスはぽつりとつぶやいた。
「……むしろ、感謝していますよ、今では」
「エリス……?」
「両親の死に目に会えなかった、今となってはアーロやアイナの行方も分からなくなった私ですが。けれどラウラとの別れはきちんとできました。不老でなければもしかしたら、それも叶わなかったかもしれません。歳が歳ですしね」
思い返す、数十年前ほどの昔日。
不老であることを気にして人目を避けて生きるようになったエリスは、それゆえに両親の死を後々知ることになり、墓前で後悔の涙を流して叫ぶこととなった。
その時に彼女は誓ったのだ……せめてラウラとの別れは、きっちりとやり遂げよう、と。
いつか来るだろう別れを、後から知るようなことはもう嫌だ。たとえどんなに辛くとも、置いていかれる悲しみは真正面から受け止めたい、と。
そう願い、そして今それが叶った。エリスは過たずラウラの死に際を看取り、そして彼女の微笑みを心に深く刻み込んだ。
数年前の、言葉とともに。
「"どうか、笑顔で幸せでいてください"……あの子が私にくれた言葉です。老いて衰え、もはや夢現も定かでない中、それでも不老の身を案じてくれた彼女の、祈り」
「…………」
「その言葉と、そして終わり際の笑顔と。それがあるから私は……この不老の身にも、感謝して生きていけると思うんです。誰をも置いていくことのない体質。誰をも忘れないでいける、不老。それはきっと、この世のどんなものよりも優しいものだと、私は信じることにしました」
己の不老を不幸と決めつけず、折り合いをつけて生きていくこと。それを、妹から教わったと宣言する。
もちろん、これからも悩み迷うことはあるだろう。ひとり取り残されることに、やはり苦しむことはきっとあるはずだ。幸せなんてあり得ないと、この世こそが地獄なのだとさえ思う夜も、これまでのようにきっとある。
それでも。ラウラの言葉と微笑みがあるなら、きっとそんなふうに生きていける気がしてエリスは微笑んだ。
すべての出会いとすべての別れを受け入れ、楽しみ、そして見送る生き方。そこにも幸せがあるはずなのだと、信じられる気がした。
だから。
彼女はグラスを傾け、静かに目を閉じた。
「ヴァールさん……私はきっと、幸せになります。だから大丈夫、あなたが気にすることなんてありません」
「エリス、お前は……」
「さあ、呑みましょう! ラウラもきっと、湿っぽいお別れは嫌だと思いますしねハッハッハー! ──さよならラウラ、我が妹よ! いつの日か、世界の果てでお会いしましょう!」
高らかに笑い……目尻の涙を拭い。盃を掲げ別れを告げる。
ラウラ・ホルン、享年75歳。最期に最愛の姉に遺した微笑みと言葉は、現代に至っても、その先のはるか未来に至るまでもきっと、エリスの心の中に根付いては息吹いているのだろう。
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