83年目-1 アレクサンドラの野心
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
アレクサンドラ・ハイネン(19)
ダンジョン聖教の次代聖女候補として、わずか一年で頭角を現した探査者少女アレクサンドラ・ハイネン。
素質と才能に溢れ、人柄も良く、何より信仰に対して敬虔である彼女は師である五代目聖女、神谷美穂をはじめモリガニアに住まう多くの人々の支持を得、順風満帆な人生を歩んでいた。
だが誰が知ろうか。彼女の本質、本性。そして密やかに行っていることを。
素晴らしい人格者と思われているその内側には、恐ろしいまでの一つの夢、妄執とも呼ぶべきモノがあることを。
博愛的な正義と慈悲の人。そう呼ばれるアレクサンドラの本質は、おぞましいまでに利己主義に塗れたものでしかないことを。
そして、神谷の下で修行に明け暮れながらもその側面は、委員会とつながっていることを。
一体誰が知ろうものか。聖女も、周囲も、あるいは世界さえも騙して──
彼女は、着々と己の夢を叶えようと邁進していた。
神谷の弟子となって以来の連絡を受け、アレクサンドラは自室にてノートパソコンを操作していた。
完全な私物によるものだ……パソコンそのものばかりかネット回線さえも独自で、誰にも言わず用意した秘匿回線。
この端末を通じて確認できるのは、たった一つのつながりだけだ。あまりにもスキャンダラスで、かつ危険極まりないつながり。
誰に対しても聖母さながらの微笑みを浮かべている彼女は、しかし一人きりの自室では無表情に、ごくごく薄い嘲りに歪んだ口元だけを浮かべてメールを確認した。
『
To:アンドヴァリ
From:火野源一
Title:定期報告
コードネーム:アンドヴァリへ
C計画の実行にあたりお主の手配通り、委員会から幹部が出向してきた。
鬼島という若い男だが、自らを妖怪と名乗りその気配は人のものでない、否、この世のものでない化物じみたもののように思える。
ノインノア・ジェネシスの改造兵器人間か、はたまた実験室の人造能力者かとも思ったが話を聞くにどうやら違うらしい。
ではなんなのだ、一体?
この男が一体何者なのか、お主は知っているのか? 計画実行のための組織構築に必要不可欠な人員との話だが、その詳しいところを聞きたい。
……アレは若き日に見た愛しきモリガナどころか、チェーホワにも似通う異質さだ。まさか本当に妖怪だなどというわけではなかろうが、だからこそ気になる。
今後、計画を進めるにあたって同志の情報は仕入れておきたい。
アンドヴァリ、このメールを確認次第、鬼島の詳細なデータを儂によこせ。
お主が聖女となればそれ以後は連絡がつけられん。そうなる前に、頼む。
以上
』
「ふ、ふふ、ふ──思った通り、滑稽な反応を返してくれましたねえ、火野源一」
文面に目を通しての、冷笑。しかしてそこに込められている色の複雑さは、余人には形容しがたいものだ。
嘲り、侮り、怒り、憎しみ。愛しさ、喜び、期待、不安、緊張、悲しみ。ありとあらゆる感情を胸の中で渾然一体となさしめて、アレクサンドラは喉を鳴らして嗤う。
火野源一。第二次モンスターハザードにおいてWSO統括理事ソフィア・チェーホワや初代聖女エリス・モリガナの前に幾度となく立ち塞がった、テロ組織"能力者解放戦線"の元メンバーである。
それから60年が経過した今、その男は委員会に属しており謎の計画を進行する役割を担い、闇の底でうごめいていた──彼自身の至上目的にして至高の欲望、エリスを手に入れることだけを目的として、暴走を続けていたのだ。
そんな彼と、アレクサンドラが出会うのは当然といえば当然だったのだろう……神谷に弟子入するはるか前、母が存命だった頃からすでに、彼女は委員会に属して活動していたのだから。
元々、委員会とつながりがあった母の伝で加入したのだ。彼女自身のとある夢のため、そして母から受け継いだ、妄執のために。
薄暗い部屋で、一人凄絶に嗤う。
ダンジョン聖教に入った時点ですでにすべてを欺いている女は、そこから聖母のような微笑みへと瞬時に切り替わってみせた。
温かい、慈愛の声色で嘯く。
「しかして私からはなんとも、言えませんねえ……精々正体不明の身内に怯えると良いですよお、火野。たった一人の女を求めて、他のすべてから目を背けた臆病者。私はそんなあなたを嫌悪し軽蔑し侮辱し侮蔑し、それでもなお愛し受け入れましょう。ふふ、ふ」
誰もが見惚れるような花咲く笑みで吐く、猛毒。アンドヴァリはそして、ノートパソコンの電源を落としてそれを片付け始めた。
答える気などさらさらなかった……鬼島というモノの正体を知らないわけでもないが、わざわざ聞かれたからと言って教えるようなものでもない。
何より、そちらのほうが楽しい。
火野が鬼島を警戒していてくれたほうが、そして怯えてくれていたほうが堪らなく楽しい。そう考えての、あえてのスルーを選択したのだ。
天井を見上げ、楽しそうにつぶやく。
「母の願いは叶いそうですねえ……ふふっ! となれば後は、私自身の夢を叶えるばかりですか。ワクワクしますね、この調子ならきっと聖女にもなれますし。委員会とのつながりを向こう10年は絶たねばならないのが残念ですが、背に腹は代えられません」
心底から未来の展望に希望ばかりを抱く、アレクサンドラの言葉は明るい。大ダンジョン時代における大敵、委員会と深いつながりがあることなど微塵も感じさせないほどに。
アレクサンドラ・ハイネン。すべてを騙しきって聖女を演じ通した"偽りの聖女"は……かくしてノートパソコンを片付け、不敵に笑うのだった。
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