82年目-4 完璧すぎる少女
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
アレクサンドラ・ハイネン(18)
神谷美穂(52)
マルティナ・アーデルハイド(57)
直談判の末──暴言を吐いた司祭に聖女の激怒が発露したという一幕はあったものの──神谷の弟子として迎え入れられたダンジョン聖教信徒の少女、アレクサンドラ・ハイネン。
それからすぐにドイツからフィンランドは聖都モリガニアに移住し、そこで修行の日々と相成ったのではあるが、そこでの彼女の姿は神谷をして震撼せしめるものであった。
とにかく完璧なのだ、何もかもが。信徒としても探査者としてもまだまだ未熟ながら学習能力の高さ、知性、品性、そして人格も申し分なく才覚も十分以上のものがあったのだ。
たとえば信徒として。
ダンジョン聖教に広く流通されている教典を、アレクサンドラは日毎に読み進めてはそれを暗誦し、あまつさえその研究や解釈についても熱心に取り組んでいる。
神谷はともかく三代目聖女マルティナなどは、教典の最初の文言くらいしか暗記していないような文言だ。
それはそれで問題しかないものの、翻って少女はまるで歌うように軽やかに詰まることもなく、全800ページから成る文言すべてを諳んじてみせる。
恐るべき知性と記憶力、そして敬虔さの賜物であった。
また、同様に探査者としてもその才覚は目覚ましいものがある。
元より魔導系スキルを二つも保持している特殊性に加え、本人も熱意があることから神谷の指導の下、メキメキとその実力を伸ばしているのだ。
いずれも半ば成り行きで弟子として迎えた神谷が舌を巻くほどの才覚と資質。思わぬ拾い物をしたと、彼女は率直に歓喜して彼女の修行に力を入れ始めた。
……すなわち次期聖女としての教育である。そろそろ50歳も過ぎ、後継者を探していた彼女としては渡りに船も良いところだったのだ。
聖都モリガニアにて、久しぶりに親友マルティナと雑談を交わす。五代目聖女神谷美穂の、業務終わりの午後の一時だ。
この頃になると若き日には"ビショップ・アンド・プリースト"などと呼ばれた名探査者コンビもすっかり落ち着き、マルティナに至ってはそもそも探査者としては一線を退き、夫を得て家庭を築き上げるまでに至っていた。
「それで? 彼女が次代の聖女……6代目になりそうなハイネンって子ですか、美穂」
「ええ。ドイツにてたまたま弟子として迎え入れた子ですが、これが想定外なまでの麒麟児なのよ。探査者としての才能はもちろん、ダンジョン聖教への信仰も深く人柄も良いの」
聖女の執務室の窓からモリガニアの広場を臨む。噴水の前、人々に囲まれにこやかに語らう一人の少女がいた。
アレクサンドラ・ハイネン。神谷の弟子としてこの地にやって来て以来わずか半年で、すっかり天才信徒として名を馳せる人気物となった探査者だ。
最初はドイツのダンジョン聖教司祭による一方的な侮蔑を受けた彼女への、半ば詫びのような形での師弟関係だったのだが……教えたことをすぐに飲み込み発展させ、信仰の場においても探査の場においても天才的なスピードで技術や知識を身に着けて実力を高めていく才女ぶりに、神谷はすっかり魅入られてしまっていた。
何より人柄が良い。自慢の弟子を誇るように、神谷は親友へと語る。
「次代聖女としてふさわしい子を、アレクサンドラに至るまでにすでに何人か見出して育てていたのだけれどね。今ではその子達の全員が揃って言うのよ、"アレクサンドラさんこそ次代聖女にふさわしい"と。アレは間違いなくカリスマの類ね。私にはない統率力があるわ」
「へぇー。それはまたすごい子ですね、事実上のライバル達まで魅了しちゃうだなんて。えっ、スキルとか使ってないですよね、まさか」
「いくら謎に満ちたスキルでも、そんな一発で人の心を絡め取るようなものはないでしょう? もちろん最初は衝突や対立も多かったみたいだけどね。彼女はそれでも根気よく努力を積み重ね、そしてみんなを認めさせていったのよ」
若くしてカリスマ性まで備えるらしい天才の話を、マルティナは感心して聞きつつも内心ではどこか、疑わしいもののように感じていた。
正直に言って完璧すぎる。探査者としても信徒としても才覚があり人品骨柄も良くカリスマまであるなどと、何かしらズルをしてるのではないかとついつい思ってしまうほどに出来すぎた話だ。
というか、目の前で実際にアレクサンドラを誇らしく語る親友の姿が何より懸念を抱かせる。こと弟子の育成指導についてはかなりのスパルタが、ここまで丸め込まれて絆されているなどフローラが見たら卒倒しそうですらある。
それだけ件のアレクサンドラが強烈ということなのだろう……本当にそうした語られ方をするような大人物であるにしろ、あるいはそうでないにしろ。あまり近づきたい存在ではないな、とマルティナは半ば直感的にそんなことを考える。
「まあ、どうあれ美穂がふさわしいと思うのならばその子が6代目なのでしょうけど……くれぐれもちゃんと教育するんですよ? 甘やかしすぎて変に増長させた状態で聖女に就任なんて最悪ですからね?」
「あの子に限ってそれはないと思いますが、任せなさいマルティナ。私としてもあれほどの子をみすみす下らない育て方をする気はありませんので」
やんわり釘を刺すもいまいちずれた答えが返ってくる。よっぽど参っているのだろう、ずいぶんな入れ込みようだ。
それほどまでに完璧すぎる少女……マルティナにはどうにも、素直にそれをそうですかと受け止める気にはなれないでいた。
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