82年目-2 ベナウィの独立
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ベナウィ・コーデリア(23)
サウダーデ・風間(41)
サウダーデ・風間が弟子であるベナウィ・コーデリアを鍛えるべく武者修行の旅へと出立し、早3年が経過した。
この頃になるとベナウィもすっかり探査者として成長し、サウダーデの目から見てもそれなりに一人前だと言えるだけの技術や知見、経験を伴う実力を身に着けていた。
太平洋を出てヨーロッパに渡り、欧州を巡って後に南米へと向かいその足でアメリカ大陸を縦断。合衆国はニューヨークに到達したあたりで修行の完遂が成されたと判断。武者修行終了の運びとなった。
それは同時にベナウィの、探査者としての独立をも意味していることだ……かつてサウダーデがその修行の終了を目処に師マリアベールの下を巣立っていったように、彼もまた、巣立ちの時を迎えたのである。
後の世にS級探査者師弟として名を刻むこととなるサウダーデ・風間とベナウィ・コーデリアの、一区切りが打たれようとしていたのだ。
ニューヨーク近郊、探査を終えて帰り道のダンジョンにて。
サウダーデ・風間は弟子であるベナウィの成長ぶりに感慨深いものを覚え、歩きながらも感嘆の吐息を漏らした。
「見事だ、ベナウィ……もうすっかり一人前だな、お前も」
「えっ!? ……急にどうしたんですか、師匠」
「いや、修行を始めた頃とは雲泥の差と思ってな。本当に、よく3年でここまでに至ったものだ」
賛辞を送る師匠に、すわ天変地異の前触れかと言わんばかりに驚く弟子。ベナウィにとり、サウダーデはこうした褒め言葉についてはそれなりにくれる印象だが、その後に必ずダメ出しも同時に行ってくる耳の痛みが伴うものとしてインプットしていた。
それが今、掛け値なしの賞賛だけが与えられている。どうしたことかと困惑する彼に、サウダーデは次いで語りかける。
「当初の課題にして最大の壁でもある《極限極光魔法》の調節についても、未だ難はあるものの頻度は下がった。それに暴発しても人のいない方向に、人死にが出ない程度の出力に抑える程度はできている。対症療法的なのが難だが、それは今後のお前次第だろう」
「そ、そうですねえ……たしかに修行を始める前と今とで、人様に迷惑をかける頻度は大幅に減ったと思います。これも師匠のご指導のおかげですよ、ハハハハ!」
「フ……だと言いがな。お前はアラン同様天才肌タイプと言うか、物覚えが良く飲み込みが早い。たとえ俺が師でなくとも、いずれは自分で改善していたかもな」
「え、えぇ……?」
続く褒め言葉。多少の照れくささや気分の良さはあるがそれ以上に不気味さや怖さを感じてベナウィはダンジョンの帰り道にて立ち止まり、困惑してサウダーデを見る。
その眼差しは優しい。少なくとも修行中に見せていた厳しい一面とはまるで裏腹の温かみがある。そして同時に、弟子に向けるようなものではない敬意さえ。
いよいよ異様だ。
戸惑いも露わに、ベナウィは師匠を呼んだ。
「し、師匠?」
「…………卒業だ、ベナウィ。探査者として、人間として俺がお前に教えてやれることもほとんどなくなった。お前はこれから独立するのだ」
「え……えええっ!? 私卒業ですか!? そして独立!?」
「おいおい、何を戸惑う。そもそもここ半年ほど、もはや俺はお前のやることにほとんど口出ししてこなかったろう」
唐突にまさかの卒業通告。独立さえ促すサウダーデに、愕然としてベナウィは叫んだ。
予想外も良いところだった……たしかに修行というには最近、サウダーデからの指示や指導、教育はほとんど行われなくなっていたが、それだけ自分が探査者として上達していることは実感してもまだまだ未熟であるという意識もあった。
だからこそ、独立などと言われては素直に焦るし惑う。
そんな彼の姿に苦笑いしつつサウダーデは、最近のそうした口出しの少なさについての実情を語った。
「あれはしなくなったのではなく、できなくなったのだ。実力はともかく立ち居振る舞い、判断力においてお前はもう、俺に教えを請うような程度ではなくなっているのだからな」
「そんなことないでしょう、さすがに……私はまだまだ未熟者なんですが」
「そうだな。だが、未熟だからといつまでも師の下で修行するばかりというのもそれは違うと俺は思う。師から受け継いだだけでなく、そこから先を己の力で培う何かで埋めてこそ成熟するのだ……少なくとも俺は、マリアベール先生からの教えを独立して活動する中で真に己の血肉とした。お前も、そうする日が来たのだ、ベナウィ」
教えるということ、教わるということ。受け継ぐということ、引き継ぐということ。
いずれもそっくりそのままというわけにはいかない。抜け落ちるものもあれば偏るものもあるだろう。
だが大切なのは、そうして受け取ったものを自分なりに昇華させ、"己の力"としてさらに先へと続けることなのだ。
その中で本来の方向とは逸れるかもしれない。別物へと変貌するかもしれない。実力が下がり、師の教えを散逸させてしまうかもしれない。
けれど、それでもそうしなければならないのだ。師匠が師匠で弟子が弟子である限り、必ず。
そうして繋いでいくもの、その積み重ねこそが──
「────人の営み、すなわち歴史であり伝承、伝統へと至るのだ。ベナウィ」
「は、はい」
「マリアベール先生から、いやもっと前から繋がれてきた多くの人々の積み重ね。俺へと至り今また、お前へと渡すもの。お互い未熟者だ、それぞれに引き継いだ積み重ねにさらなる何かを上乗せさせられるよう精進しようではないか」
「……は、はい! 精進します、師匠!」
男臭く笑い、握手を差し出すサウダーデ。
師匠ではなく、弟子に対してでなく。人として、一人の尊敬すべき人間に向けてのコミュニケーションだ。
その重みを、ベナウィはついに受け止めて……
力の限り強く強く、その手を握り返すのだった。
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