81年目-6 お酒が飲めなくなった日
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(63)
ヴァール(???)
エリス・モリガナ(76)
成人以来、ほとんど毎日と言ってもいいペースで異常な量の飲酒をほぼ半世紀、続けてきたマリアベール・フランソワ。
常人ならば早期の段階で自重するか、もしくは歯止めをかけることができずに自滅するかの二択でしかないほどの無茶をこうまで続けることができたのは、彼女自身の肝機能が元より常軌を逸したレベルで強靭な点にある。
その上でレベルが20刻むごとに身体能力を倍にすると言われる探査者としてのレベルを、S級探査者である彼女は4桁に至るまで高め続けた。
つまりは常人の50倍以上の強度を誇るのだ。これならば半世紀近くに亘り無茶な飲み方をしたとしても、耐えられないわけでもないのは頷ける話だった。
……ただし、耐え切れるわけでもなかったが。
大ダンジョン時代発生からおよそ80年。マリアベールが63歳になる頃。いつものように探査終わりに酒を飲んでいた彼女は突然、吐血して倒れて病院へと運び込まれた。
いくら強靭な体でも、ついに限界は来たのだ。
そもそもこの時点より数年前からすでに酒を飲む度顔色を悪くするなど兆候は見えていたのを、これまで通りいつも通り大丈夫だと過信していた。
彼女自身の慢心もあったがゆえに放置し見過ごしたのだ。その結果として彼女は今後、後悔に塗れて生きる羽目になる。
緊急搬送されて医者の診断を受けた結果──今後一切の飲酒を禁じられたのだ。
いわゆるドクターストップを、マリアベールは受けたのであった。
病室にて。ベッドに横たわり、真っ白に燃え尽きたように呆けた表情で虚空を見つめるマリアベールに、急ぎ駆け付けたヴァールとエリスは天を仰ぎ嘆いた。
ついに恐れていた事態が起きたのだ。もうずいぶん前からずっと諌め続け、叱り続けてなお何も効果がないままここに至ってしまった。いつかは絶対に起きてしまうだろう事態が、とうとう起きてしまったのだ。
顔を見合わせ、ゆっくりと抜け殻めいたマリアベールに近づく。寄り添っていたヘンリーが、痩せこけた顔を悲痛に歪めつつも会釈した。
実のところ、この頃にはもう彼自身も相当な病魔に蝕まれていた。悪性の腫瘍だ……あまりの苦痛に耐えかねて病院に行けばたちまち、病床に放り込まれて焼け石に水めいた手術を受けさせられるほどに。
この後二年して、彼が命数尽き果てたことからもその手遅れ具合が伺えるだろう。
しかしてこの時はまだ、多少の体調不良程度の認識でいた彼が、ソフィアとエリスに力なく微笑む。
「ソフィアさん……いえ、ヴァールさんですか。それにエリスさんも、お忙しい中お越しいただいて誠にありがとうございます」
「いや、いいんだそんなことは。それでその、容態は?」
「取り急ぎ今すぐ命がどうこうというわけではないようです。ただ、肝臓がもう、ボロボロで取り返しがつかないと……」
「ああ……マリー、君ってやつは……」
ひとまず命に別状はない、ながらも肝臓に不可逆なまでのダメージを負っている事実。
昨日今日いきなりでなく、もうずっと前から限界だったのを無視して往年の飲み方を続けてきたマリアベールに、エリスはかつてないほどにがっくりと肩を落とし、その場にしゃがみこんでしまった。
今すぐ死にはしないという安堵と、裏腹にこんなことにまでなるまで飲酒をし続けた後輩への嘆きがただただ胸に渦巻く。
英国が世界に誇る大探査者マリアベール・フランソワの紛うことなくこれは悪癖だった。それも致命的な。これまで多くの人に指摘され、時には激怒さえされてもなお呑み続けた彼女の、完全なる自業自得。
それでも、今こうして眼の前に寝そべるマリアベールの青白く、そして一層老け込んだ姿を見るに憐れみと同情を抱かないではいられない。
ヘンリーの口ぶりから察するに、彼女は、もう。
「──ドクターストップ。お医者様から、今後一生、一滴だって呑むなと。呑めばたちまち死に至るとさえ、言われてしまいました」
「そこまでか……!! マリアベール、なぜこうなるまで止まれなかったっ!!」
「マリー、マリー。あなたは、本当に……!!」
常に冷静沈着、無表情の鉄面皮のヴァールさえ呻く。永らくの戦友とも呼べるマリアベールの悪癖が、ついに彼女自身を損ねてしまった。友として彼女に何もしてやれなかったことを、今さらながら悔やましく思う。
エリスももはや言葉にならない思いを込めて彼女の名を呼ぶばかりだ……だが、すべてはもう後の祭り。
マリアベールの50年近い酒宴は、もう終わったのだ。
「ファ……ファ、ファ」
「マリー……」
「ファファ、ファファファ! ファファファファ! わ、私ゃ、もう、酒を飲め、飲めないのかァ……っ」
さらに老け込んだ顔つきに、涙を流してマリアベールは嗤う。半狂乱になるだけの力も起きない、受け入れがたい現実をただ、ひたすらに背負い押しつぶされるばかりだ。
虚空を見つめ涙を流し続ける彼女を、痛ましいものとして見つめ続けるヘンリー、ヴァール、エリス。
誰も何も言えない、虚しい笑い声だけが響く辛い静けさ。
彼女の娘と孫、すなわちエレオノールとアンジェリーナが見舞いにやってくるまで、四人はもはや呆然とその場にいるしかできないのであった。
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