81年目-5 刻むその名に背負いし賛否
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
グェン・サン・スーン(51)
15年ほどぶりの再会。そのことに衝撃を受けたのは、サウダーデのほうばかりでもなかった。
彼の目から見てすっかりと、人相さえも変わったように見えるWSO事務総長グェン・サン・スーンのほうもまた、大成したS級探査者の姿に思うところが多々、あったのである。
"怪人"。WSO本部勤めになったあたりから、そう呼ばれることに完全に慣れきったサン・スーンだが当初はそうでもなかった。
元々彼は東南アジアの雄。多くの人を救い、かつ自身も地位と名声と成功を獲得するため理想に邁進する夢想家であったのだ。
しかしていつの頃からか、彼の心には功名心ばかりが巣食うようになっていた。
無論悪事に手を染めはしない、彼の目指す先にいるソフィア・チェーホワへの敬意から彼はあくまで正道を行く信念は貫いているのであるが……それでもいわゆるグレーゾーンについては躊躇なく、そして政敵や権力確保には容赦なく動くようになっていったのである。
これを古くからの友人たる五代目聖女、神谷美穂などは"堕落"と断じ、先輩にあたるS級探査者マリアベール・フランソワに至っては"昔のほうが面白かった"と残念がってさえいるのだが、そんな声にも振り返ることなくサン・スーンは己の道をひた走ってきた。
多くの政敵を下し、人脈を作り取り巻きに囲まれのし上がる。同時に多くの妻の間に子孫を多数作り、偉大なるサン・スーンの血族を世に示すことに躍起になった。
けれどそのうちに失ったもの、なくしてしまったものがある。
サウダーデの堂々たる姿を目の当たりにして彼は、そのことを思い知らされたのである────
南米ブラジルはブラジリアにて、かつて一度きり会った男とまさかの再会を果たした。ただそれだけのことなのに、どうしたことかひどく衝撃を受けている己を自覚してサン・スーンは唸った。
動揺している。これまであらゆる政治的難局、政敵を前にして一歩も退かなかった彼が、サウダーデを目にした途端、自分でも驚くほどに心を揺さぶられたのだ。
取り巻きの、弟子とも部下ともつかない若者達とともにバーに入り軽く酒を飲む。
大衆的な酒場の安い酒だが、今の気分にはちょうどいい具合だった……そもそもサン・スーンはそこまで豪奢さに興味もない。
「先生、サン・スーン先生……どうされたのですか? 先程のサウダーデ殿とお会いしてから、どこか上の空ですが」
「む……ホホホホ! 分かるか。いや分かるはずだな、自分でもおかしいほどに動揺しているのだから」
「珍しいといいますか、滅多にないですね。先生がそうまで驚きを露わにされるなど」
弟子達に言われ、笑みを深くする。すっかり顔に張り付いた笑顔らしい表情だが、本心を隠す仮面として普段機能してくれているのが今は、簡単に見抜かれる程に崩れているのかと内心で納得する。
ここまで動揺し驚く理由、それはなぜか。語るまでもないことだが、彼は珍しく自身の本音を口にする。
「サウダーデ・風間……見たかねお前達、あの威風堂々たる姿を。まさしく探査者かくあるべしと言えてしまうほどに、立派でしっかりした様子だった彼の姿を」
「え、ええ。さすがS級探査者だと、彼のような者がいるなら太平洋客船都市も栄えるだろうなと、納得した思いではいますね」
「そうだろう……15年前、一度だけ若い頃の彼を歓待した時にも、私はいつかこんな日が来ることを予感していたよ」
言いながら思い出す、在りし日の自分と彼と。
武者修行の途中で東南アジアを訪れた彼を、知り合いのマリアベールに言われてもてなしたのが当時30代半ばごろのサン・スーンだった。
その時にもすでにサウダーデ・風間という男からは大器の予感を抱かされたものだ。いつか、彼はS級探査者の高みにまで到るだろうとも。
正直なところ、嫉妬がなかったと言うと嘘になる。
探査者としての才覚は精々A級下位止まりだった自分に比べ、マリアベールやサウダーデ、アラン・エルミードの姿はあまりにも眩しく映るものだ。
決して届かない領域に軽々と、自分を追い越していく後輩達。政治家としての道に専念し始めて以降は、そんな想いも抱くことは永らくなかったが……今回、久しぶりの感情に苦しむ羽目になってしまった。
酒で喉を潤しながら、弟子達と語り聞かせる。
「歳を取るとな。若さの輝きが、可能性の眩しさがひどく、自分を惨めに照らしてくる錯覚に陥る」
「…………」
「夢見て、しかして届かなかったモノに軽々と飛び込んでいってしまえる彼ら彼女らの姿に、翻って歳をとった今の自分をも気付かされるのだ。特に彼のような立派に大成した者を見るとな。彼のようにまっすぐ歩んでこれなかった後ろめたさが、どうしても心に浮かんでは止まらない」
サン・スーンの、紛うことなきそれはコンプレックスだ。
"彼ら"のように立派であれなかった、強く、優しく、正真正銘の正義の英雄にはなれなかった。
だから露悪趣味を演じ、"彼ら"とあえて別の道を進んだ。それが正道とは言い難いと知っていてなお、どうしても憧れだけは捨てきれなかったから。
すなわちソフィア・チェーホワという、大ダンジョン時代のすべてを背負いきってなおも戦う永遠の探査者少女。
どうしても彼女のようになりたかったのに、そうなれるだけの素質と才能がなかったから……せめて少しでも近づこうとして、邪道を承知で悪辣な手段さえ厭わぬ政治屋になってみせたのだ。
後悔はない。この道を進んだからこそ至れたこの時この地位だ、悔いなどあるはずもない。
ただ、ただ残念に思うのみだ。大成したサウダーデのような、あるいはマリアベールのような探査者になれなかった過去の己を。
「……お前達も、私にものを教わるとはそういうことだと覚えておけ」
「先生……それは……」
「私は蛇行するしかできん、そうするやり方しか教えられん。まっすぐには決して進めない。だが、それでもそれが今の私の誇りなのだ」
酒に力を借りて、言うべきことを教え子達へと伝える。
英雄から怪人、怪人から怪翁へ。彼もまた大ダンジョン時代に名を刻む雄の一人であることには間違いないのだが……
その名はどうしても、英雄と呼ぶには賛否が常に付きまとう類の刻まれ方なのだろう。
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70を過ぎて怪翁とまで呼ばれるようになったサン・スーンが登場する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




