81年目-4 ベナウィの眼力
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ベナウィ・コーデリア(22)
サウダーデ・風間(40)
南米、ブラジルにてまさかの再会を果たしたサウダーデとサン・スーンであったが、それは決して喜ばしいものには思われなかった……特にサウダーデにとっては。
弟子ベナウィのつぶやきから察した、初老の怪人の瞳に宿る本音、すなわち権力欲。S級探査者たるサウダーデさえ人心掌握して己の勢力に取り込みたいという本音に気付き、彼は弟子を伴いひとまずホテルに逃げ込んだのである。
サウダーデをして、弟子の言がなければ気づかぬままだったかもしれない擬態。
15年前には見られなかった先達の狡猾さに戸惑いつつ、しかしそれより気になるのはサン・スーンの腹の中を見抜いたベナウィだ。
二十歳そこそこの青年が、老獪さをも備えたWSO事務総長の狙いを看破して師匠にそれとなく気づかせる……可能なのか、そんなことが?
戸惑いつつも彼の部屋を訪れ、感謝とともに尋ねたサウダーデ。それに対して弟子ベナウィ・コーデリアは、こともなげに答えるのであった────
「いやーあの方、サン・スーンさんでしたっけ? あんなあからさまだと分かりますよ、さすがに」
あっけらかんと、瓶ビールをラッパ飲みしながらそんなことを言う弟子。
ベナウィのあまりにも自然体、あまりにも当然と言わんばかりの様子にサウダーデは絶句し、そして呻いた。
南米での夜。
WSO事務総長サン・スーンの誘いを、それとなく後回しにして一時避難に近い形で宿泊予定のホテルへ向かった後。ひとまず落ち着いて後、サウダーデは弟子の部屋を訪ねて質問していた。
訪ねてみればすでに酒を呷っていることについては、いくつか言いたいことがないわけでもなかったが……
それよりもなお気になることがあるとサウダーデが質問を優先させれば、彼は続けて言った。
「私もまだまだ若輩ですが、それでも身一つで太平洋に渡り大成しようとしたわけですから。多少なりとも人を見る目はあるつもりです。あの人、外面は人の良いおじさんですが中身はかなりあれじゃないですか? いわゆる、腹黒というか」
「い、いや。15年前に初めて会った際は、露悪的な程度であっても策謀家にも見えなかった覚えはあるが」
「15年! それだけ経てば、それなりにそういったことも身につけていてもおかしくありませんよ師匠。WSOの事務総長になるほどであるならばなおのことです」
「そ、そうか? そういうものか……」
自信満々に諭すベナウィに、舌を巻く思いでサウダーデは納得する。
15年という時間はたしかに、露悪主義のお人好しを好々爺然とした腹黒政治屋に変えるだけの長さではあるのだろう。
こうした人を見る目、という点についてはサウダーデにはどうしても苦手な分野だ。
堅物にして生真面目、素朴でそれゆえに頭が固い……というのは、彼を知る誰もが程度の差はあれ抱く共通の印象であり、サウダーデもそう思われていることに否定しづらい程度には自覚もある。
先だってアランに指摘されたベナウィ絡みについてもそうだ。自分の基準で測った結果をとにかく信じ込む。相手ではなく、相手を信じた自分を信じる。
もちろんそれは確固たる自信を持つからこその素晴らしい姿勢と言えるのだが、裏を返せば見抜けなかった時が辛い、ということに他ならない。
翻って目の前の弟子を見る。サウダーデが感心するほどに柔軟な姿勢と考え方を持つベナウィは、だからこそ人の本質を見るという点において師匠をはるかに越えるものを持っていると言えるのだ。
ビールを美味そうに呑む彼を見て、サウダーデは腕組みして一人、唸った。
「ううむ……しかしそうなると困ったな。彼は俺にとって尊敬すべき先輩ではあるが、さりとてS級探査者であることを出汁にされるような事態は避けたい。揉めごとに巻き込まれるのは、性に合わんのだ」
「だったらそれを正直に言えば良いと思いますよ? 師匠ほど裏表のない真っ直ぐな人がそうまで言うなら、あの事務総長さんも二の句は継げないでしょう。腹黒と言っても悪人というわけではなさそうですし」
「そ、そんなことまで分かるのか」
「まあ、これでいろいろ見てきましたから。ハッハッハッハ!」
陽気に笑う弟子の、自信満々な言葉が妙に心地良い。自分にはない対人能力というものの高さを垣間見て、サウダーデはひたすら感心するばかりだ。
────実のところベナウィのこうした知見は、彼の出生が大きく関与していた。
ベナウィ・コーデリア。合衆国の大物議員を父に持ち、しかして愛人の息子として生まれたことから半ば存在を無視されて育ってきた彼は、それゆえに自立心と克己心が高かった。
同時に彼のそうした生い立ちを知るあらゆる大人達から母を護るべく、幼い頃から口八丁手八丁で生き抜いてきたのだ。
人を見る目とコミュニケーション能力、そして何よりどこか達観した性格はそうした来歴からのものとも言える。
そんな彼が18の時に母を喪い、父にも結局認知されず終いでこの世のどこからも居場所をなくしてしまった結果、一念発起して太平洋客船都市で名を挙げようと渡洋したのはまさしく天の導きと言えるだろう。
その末に彼は探査者となり、偉大なS級探査者を師としてその実力、才能を開花させていくこととなったのだから。
「まあ、悪いようにはならないでしょう。師匠はいつものようにデーンと構えておけばいいと思いますよ。大探査者サウダーデ・風間のそうした言動こそ、事務総長さんへの何よりものアンサーになるんでしょうし」
軽い口調で師に助言する。
重い過去を軽快に乗り切ったからこその、柔らかな力強さがその声には込められているのだった。
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