81年目-3 大成せし怪人
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(40)
ベナウィ・コーデリア(22)
グェン・サン・スーン(51)
イギリス、フランスを経てサウダーデ・風間とベナウィ・コーデリア師弟の武者修行は、南米へとその舞台を移していた。
旅路も、ベナウィの成長具合もそれなりに順調だった……フランスにてアラン・エルミードからの指摘を受けて考えを改めたサウダーデが、ベナウィにはベナウィなりの想いや熱意があることを理解してそれに合わせる指導を始めたからだ。
元よりスキルも違えば戦闘スタイルもまったく異なるこの二人。サウダーデがサウダーデなりに考えた修行プランは無論のこと探査者としての実力向上に大きく寄与したものの、ベナウィ当人の実力を、彼の在り方に沿った形で高めるものとは言い難いところがあった。
それが改められ、ベナウィの《極限極光魔法》を正しく活用する形での指導に内容が移行していくこととなるのだ。彼の才能才覚がさらに鮮やかに花開くのも当然のことであった。
事実としてベナウィはこの頃にはA級探査者ライセンスを獲得するという快挙を成し遂げている。
デビューからわずか二年というのは現代においても異様なまでの早さであり、同じ例を挙げるとなると世界広しといえども史上最年少S級探査者、愛知九葉くらいしかいないほどのスピード昇級である。
……もっとも現代ではわずか半年でF級からB級にまで登り詰める、異様を通り越して異端の探査者少年も現れたのだがそれはまた、別の物語において語られているだろう。
ゆえにここではそうした例外中の例外は割愛するにしても、この時点において二年でA級に至ったベナウィはまさしく天才と称されるべき探査者であることには間違いなかった。
さてそんな快進撃を続ける師弟だが、南米はブラジルにて思わぬ出会いを果たすことになる。
サウダーデにとっては再会、ベナウィにとっては初顔合わせだ。
この年、ついにWSOの事務総長にまで至った怪人グェン・サン・スーン。
彼がどうしたことか、現地にいたのである。
ブラジルは首都、ブラジリア。はるばる飛行機旅でヨーロッパから南米に移り渡ったサウダーデとベナウィの師弟であったが、その日のうちに予想外の出会いに目を丸くすることとなった。
特にサウダーデにとっては、実に10年以上ぶりの再会だ……グェン・サン・スーン。
かつて若き日の彼が武者修行をしていた際に訪れた東南アジアにて交流した、今ではWSOの重役たる男がそこにいたのである。
「ホホホホ! こりゃあ驚いた、サウダーデくんとよもやブラジルで出会うとは! これも奇縁というものですなあ、ホッホッホ!」
「え、ええ。お久しぶりです、サン・スーン先生」
「マリアベール様から、君が弟子を連れて武者修行に出ているとは聞いていたけれどもだ! それにしてもここで会うとは想いもせなんだわ、たまには部下を連れての慰労会などもしてみるものだなあ、ホッホホホ!!」
50歳そこそこの初老の男。かつて見た精気溢れる姿もそれなりに落ち着いたようで白髪混じり、皺の歳相応さが年輪を感じさせる。
何よりサウダーデを驚かせたのはその言動、その表情だ……不敵に笑っていた15年ほど前に比べ、今は穏やかな、朗らかな笑みを浮かべており発言にも斜に構えた皮肉さが鳴りを潜めている。
一見すれば人の良い中年、このまま年を取れば好々爺などと呼ばれるにふさわしい人となりだろう。一見すれば。
だがサウダーデには、そしてベナウィにさえも、そうした愛嬌ある笑みにどこか胡乱なものを感じられていた。見かけで判断すべきでないと、直感的にそう思えたのだ。
加えて彼の周囲の、取り巻きらしきスーツ姿の若者達がどことなく緊張してサン・スーンを注視しているのも違和感が強い。
好々爺らしい人徳をもっての人望というよりは、どちらかと言えば……浮かんだ考えの、不穏さにどうしても思考が持っていかれる。
しかしてそんな素振りを少しも表には出さず、サウダーデは威風堂々たる姿をもって彼に応じた。
「サン・スーン先生、風の噂に聞きましたがついにWSOの役員、それも事務総長に就任されたとか。おめでとうございます、さすがは東南アジア屈指の英雄たる方です」
「ホッホッホ! ありがとうサウダーデくん。しかし、かく言う君もすっかりS級探査者として活躍しているようではないか! 出会った頃からこうなることは分かりきっていたがいやはや、いざこうして目の当たりにすると実に素晴らしい姿だとも!」
「過分なお言葉、畏れ入ります」
褒めちぎるサン・スーンの、笑顔はともかく瞳の奥がどうにも気にかかる。どこかで見た覚えもあるし、今初めて見たような気もする。
どちらにせよどうも落ち着かない瞳だ。取り巻き達の緊張混じりの好奇の目も気にかかり、サウダーデにとっては気まずい時間が続く。
自分の後ろ、弟子のベナウィがにこやかな笑顔を浮かべる中、小さく、本当に小さくつぶやくのを聞く。
「……うーん、かなりの野心家さんですかねえ? 政治的な笑顔がずいぶん得意のようで」
「…………! さ、サン・スーン先生。すみませんが俺達はつい今しがたこの地を訪れ、宿にも到着できていないのです。このあとどこかで話すにしても、まずは落ち着かせていただけると助かるのですが」
ハッとして、サウダーデはとっさにこの場を離れるために切り出した。
ベナウィの言葉に気付かされたのだ。サン・スーンの瞳にある光、それは紛れもなく権力への意欲だと……S級探査者たる自分を取り込み、自身の政治的権力に組み込もうとしている。
そう思えてならず、堪らず言ったのだ。
「おお、失敬失敬。そうですな、ホホホホ! ちなみにどこのホテルですかな? 後で遣いをやりますゆえ、レストランで会食と行こうではありませんか。もちろんそちらのお弟子さんも合わせて!」
「え、ええ……喜んで、はい」
「いやあ恐れ入りますサン・スーン事務総長」
そんな彼の様子に気付いているのかいないのか。やはり好々爺然とした笑みを浮かべて話すサン・スーン。
逃さない──そう言われているような気がしてサウダーデは背筋を凍りつかせつつも応えるので精一杯であった。翻ってまったく動じることのない弟子の、胆力に驚かされながらも。
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