80年目-3 マリアベールと酒・7
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(62)
サウダーデ・風間(39)
ベナウィ・コーデリア(21)
孫弟子を引き連れてきた弟子を、大喜びで歓待したマリアベール。
すぐさまパーティーの準備をし、数多の料理と酒をもって彼らを迎え入れていた。
最近では娘も親元を離れ、夫ヘンリーも自分同様に老化で元気を失いがちだ。
継続的に弟子を持ち育成したりもしているが、基本的には往年の賑やかさがすっかり鳴りを潜めたことに内心で残念さを感じていた彼女にとり、短期間とはいえ愛弟子とその弟子が訪ねてきてくれたというのは望外の喜びだった。
となると当然、出てくるのが酒だ。良いことにつけ悪いことにつけ、成人後のマリアベールの人生にはいつだって酒がつきものであるがゆえに。
振る舞われる古今東西様々な酒。もはや食事を楽しむ場と言うより酒をひたすら飲む会ではないかとさえ思われるほどに用意されたアルコールの数々に……サウダーデは苦笑いをこぼし、ベナウィは大笑いでこれに応えた。
ベナウィも成人して間もないがそれなりによく呑む、いわゆる酒豪の部類だ。それでもマリアベールほど極端なペースでは呑まないが、常人離れした呑みっぷりなのはたしかである。
そんな酒呑みの師匠と弟子に挟まれたサウダーデが呆れも露わにする中。3人の酒宴は盛大に催されたのであった。
ビール、ワイン、ウイスキー、ブランデー。
焼酎、日本種、紹興酒、テキーラ。他にも多数。
──テーブルに並べられた様々な料理とともに楽しめるよう準備された世界各国の酒に、サウダーデは唖然とし、ベナウィは目を丸くしつつも大喜びでそれに飛びついた。
「いやはや素晴らしい! マリアベール様は大変な酒好きと聞いていましたがこれほどとは思いませんでした! これ、本当に飲んでもいいんですか?」
「ファハハ! 良いよ良いよどんどん飲みな! ベナウィ、あんた分かる口だねえ久々だよそういう反応!」
孫弟子が思いの外、酒を嗜むらしいことに驚きとともに喜びマリアベールははしゃいだ。
若い頃からずっと、ほぼ毎日酒場に入り浸っては周囲の者を巻き込んで飲み会を開き自分以外全員飲み潰すようなことを続けてきた。
結果として最近、コーンウォール在住の探査者達の間ではすっかり"酒の席で出くわすとひどい目に遭わされるタイプの怪異"という扱いになってしまい、なかなか飲みに付き合ってくれる者が少なくなってきたのがマリアベールには不満だった。
そこにベナウィが現れたことで、彼女は久々に楽しめると喜色満面にグラスを人数分、用意した。
自分とサウダーデ、ベナウィの分。夫のヘンリーは体調が芳しくないことから先に自室に戻っている──アンジェリーナが産まれた頃からこちら、彼の体力が落ちてしきり体調不良を訴えがちになってきたこともまた、マリアベールにとっては悩みの種だ。
一応先日、病院に行って検査を受けさせたのだが結果待ちの状態だ。
ここまで急激に様子がおかしくなっている以上、何もないということはないのだろう。せめて生命に別状のない病気であることを祈るばかりだ。
そんな不安さえ今ばかりは忘れて、彼女は各人のグラスに並々とウイスキーを注いだ。ストレートだ。
「ファハハ! さぁさぁ駆け付け一杯ってね! へへへ、今日は夜通ししこたま呑むよ、あんたらぁっ!!」
「ははは、良いですねえ。お供しますよぉ、マリアベール様」
「せ、先生……ベナウィまで一緒になっていますが、明日に差し障りもありますから程々にしていただいたほうが」
最初からトップギアで呑む気満々の師匠と、それに付き合うつもり満々の弟子と。
元より二人が度を超えた酒飲みなことは知っていたサウダーデだが、まさか本気で夜通し飲むつもりかと肝が冷える心地だ。
彼とて酒は好きだが、それにしても二人の呑む量にはついていけないしついていきたくもない。
しれっと巻き込まれてしまった我が身の不幸を嘆きながらも、それでもやんわりと諌めた。
「先生、俺達は武者修行でここにいるのですから、翌日俺やベナウィが二日酔いで動けなくなるような事態は避けたいと言いますか……それに先生も」
「はぁん? 私ぃ?」
「ヘンリーさんから聞いています。最近、酒を飲んでしばらくするとずいぶん体調を崩すようになっていると。腹を押さえる素振りさえ何度か見たことがあるとか」
「…………あんの病人、人のこと見てる場合かえ。ったく」
苦々しくつぶやく。そう、ヘンリーのことを言えない程度には最近のマリアベールも徐々にだが、異変が起きつつあった。
酒を飲むのが、辛くなってきたのだ。もちろん楽しく呑んでいるのだが、その後しばらく腹部に痛みが走ったり吐き気が止まらなくなったりすることが増えたのだ。
これについても病院に行くよう、夫から言われているのだが……どうにも足取りが重く行く気になれない。
つまるところ似た者夫婦というわけだ。お互いに明らかに健康を損ねているのに、どうにも病院で検査を受けるのが億劫で相手に言うのはともかく、自分のこととなると敬遠しがちというわけだった。
「先生! ヘンリーさんもですが、可及的速やかに病院で精密検査を受けるべきです! そもそも永年継続的に飲みすぎていたのですから、そろそろご自重されてもよろしいのではと!」
「うっ……ま、まあまあクリストフ。そこはほら、また明日に話そうじゃないか。とにかく今はせっかくの師弟揃い踏みだ、ほらほら乾杯乾杯!」
「先生……」
あからさまに誤魔化しを口にするマリアベールに、サウダーデも呆れ返ってしまう。ベナウィは笑顔のまま、師匠と大師匠のやり取りを眺めるばかりだ。
──結果としてこの時からそう日が立たないうちに、マリアベールはついに倒れてしまうこととなる。
そして酒を飲み始めて約45年ほど、ついに医者直々にドクターストップをかけられ、断酒せざるを得なくなるのであった。
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