80年目-2 マリアベールと孫弟子
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(62)
サウダーデ・風間(39)
ベナウィ・コーデリア(21)
孫娘アンジェリーナを授かり、老境にして幸福の只中にいたS級探査者マリアベール・フランソワであったが、探査者としての活動の中でもこの時期、重要な出会いを迎えていた。
数多いる彼女の弟子の中でも一番の出世頭にして実力者、今やマリアベールとも引けを取らない強さを誇る愛弟子、サウダーデ・風間が弟子を連れて彼女の元を訪れたのである。
マリアベールにとっては孫弟子にあたるその者の名はベナウィ・コーデリア。
太平洋客船都市で倉庫作業に従事していたところを突然ステータスに覚醒し、とある事情からサウダーデが面倒を見ることとなった青年である。
彼のその事情をサウダーデから聞き、マリアベールは身体中の血が沸くのを感じた……彼が授かりしファースト・スキルの特異性が、自身の長年の謎と密接にリンクしているように思えたからだ。
すなわち彼女の《ディヴァイン・ディサイシヴ》。獲得から数十年経ってなお未だに封印中とだけ表示されているスキルと、まるで同じ文言の効果を持つスキルをベナウィは獲得したのである。
《メサイア・アドベント》。
スキル名こそ違えど、どこかネーミングの印象さえ似通うものを感じる。それほどまでにマリアベールは運命的なものを感じていた。
このような異様なスキルを手にした青年が、なんの因果か弟子の弟子となり、孫弟子として自分の下へとやってくる。
もしかしたらようやく、謎が解明されるのではないか。
還暦を過ぎたマリアベールは、そんな淡い期待を抱かずにはいられないのであった────
「……と、思ってたんだが。まあ考えてみれば分かるわけないわなあ、意味不明なスキルを手にしたって意味では同じ穴のムジナなわけだし」
「いやあ、すみませんなんか。マリアベール様の御期待に添えるようなことは何も知りませんで……私としても謎なんですよね、封印とかどうとか」
「だよねえ……」
イギリス、コーンウォールにあるとある酒場。久方ぶりに弟子であるサウダーデ・風間を迎えたマリアベールはせっかくだからと街に繰り出し、宴をもって彼と彼の弟子を歓待した。
その中でサウダーデの弟子、すなわち彼女にとっては孫弟子にあたる新人探査者ベナウィ・コーデリアのファースト・スキル《メサイア・アドベント》についていくつも問い質したのであるが……
何も知らない分からないと答えるだけの彼に、考えてみればそれが当たり前だと彼女は肩を落としてウイスキーのストレートを口にした。
自身の《ディヴァイン・ディサイシヴ》と同類と言えようタイプのスキルを獲得した彼ならば何か、自分の知らないことを知っているのではないかと一縷の望みに賭けていたのだが、どうも当てが外れたようだとため息混じりにつぶやく。
「いや、あんたはなんも悪くないさねベナウィ。私が勝手に期待してただけなんだよ。我ながらまったく、馬鹿みたいだよ」
「先生……」
「……心中、お察しします」
「それに、私だけじゃないって分かっただけでも大きな収穫だ。広い世界だ、一人きりなわけがないって信じてたが、さすがに半世紀も待たされるたぁ思ってもいなかったけどね、ファハハ!」
豪快に笑って酒を呷る。けれどサウダーデにもベナウィにも、それがマリアベールの空元気だということは嫌でも分かった。
その姿に、気まずさに頬を掻くベナウィはまだしも、サウダーデのほうは内心で後悔さえ抱く。
こんなつもりではなかった。師匠たるマリアベールが永年追い求めている己の謎を解き明かすのに、少しでも手がかりになればと思い、武者修行がてら弟子を引き合わせようとしただけなのだ。
それがまさか、彼女がここまでになるほど思い詰めていたとは。昔から豪放磊落な女傑だったがゆえに気付けなかった、師匠の内に秘めたナイーブさ、センチメンタリズム。
自分がしたことはいたずらに師を期待させておいて、しかもそれを裏切る行為でしかなかったのではないか。
……もちろんそんなはずもなければ、サウダーデやベナウィが何か悪いわけでも断じてない。
そもそもファースト・スキルにどんなものを授かるかなど当人に分かるわけもなく、その効果とてまともな表記がなければ使用もできないとなれば意味不明で当然なのだ。
はっきりと言うならば、先程マリアベールが自嘲した通りなのだ。勝手に期待しすぎた。ハードルを上げすぎた。
普段ならば気付いて然るべきことにも気付けなかったのはマリアベールの自己責任であり、同時に彼女がそれだけ《ディヴァイン・ディサイシヴ》に本音のところでは拘泥していることを如実に示していた。
賑わう酒場の一角、座る三人の間にのみ沈黙が降りる。それをどうにか払拭したくて、ベナウィは乾いた笑みを浮かべつつ酒を飲んだ。
「い、いやーハハハ! やらかした私が言うのもなんですが未来を見ましょう未来を! 少なくとも私とマリアベール様は同志的なアレなのは判明したわけですし! 師匠も変に落ち込まず、むしろ私達を引き合わせてくださったんですから大殊勲だと思いますよ! ねえ!?」
「あ、ああ。そうだね、その通りだよクリストフ。悪かった、変に落ち込んじまってあんたにとっちゃ気まずかったろう。よくベナウィを連れてきてくれたよ、一人じゃないって分かっただけで、なんだか救われた気分さね。あんたのお陰だよ」
「いえ……ありがとうございます、先生。ベナウィ、お前にも気を遣わせてしまったな。ありがとう」
この中で一番年下で、後輩で、そして立場も低い孫弟子が必死に執り成そうとしてくれている。それを見てマリアベールもサウダーデも気を取り直して酒を手に取った。
落ち込んでいても仕方ないし、彼の言う通りだ、得られるものはあった。マリアベールをある種の孤独から救ったのはベナウィでありひいては彼を連れてきたサウダーデなのだ。
そして、あるいはこの日の出会いがいつの日か本当に謎が解き明かされる日へとつながることもあるかもしれない。未来を見る……若者らしい前向きさに救われた気がして、マリアベールはようやく、空元気でない笑顔を見せるのだった。
「ファハハ! いやー前向きで良いねアンタは、ベナウィ! 探査中に当然のようにスキルを暴発させた時はぶん殴ろうかと思ったけど、それさえなけりゃあんたはいい男だよ!」
「いや思い切り殴られましたよね私!? 刀の鞘でバコーンって! 師匠でもあそこまでしませんよ!?」
「自分で言うのもなんだが俺が甘いんだ、ベナウィ。普通ああいうことをすれば、仲間達からはあのくらいされても文句は言えんぞ……」
それを見て、ベナウィもサウダーデもホッとしつつも話を変えて雑談に興じる。
師弟三世代の、現代に至るまでの長い付き合いの始まりであった。
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