79年目-4 頑張れベナウィ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ベナウィ・コーデリア(20)
サウダーデ・風間とベナウィ・コーデリアの師弟による太平洋客船都市を離れての全世界武者修行。
それをもって弟子の、道半ばで探査者にならざるを得なくなった者としての苦悩にどうにか折り合いをつけられないかと案ずる師匠であったが……その当人は彼が思うよりはるかに気楽に、かつ呑気に悠長に構えていた。
そもそもがシリアスの苦手な性格のベナウィだ。自身に降り掛かった幸運とも不幸ともつかない能力者への覚醒を、彼は即座にポジティブに受け止めている。
"なんか知らないけどなっちゃったものは仕方ないし、それならそれでいけるところまでやっちゃおう! "と。そのような心持ちでいたため、サウダーデが懸念するような挫折や失望、絶望などは皆無だったのだ。
つまるところすれ違い。
サウダーデは律していたつもりでもやはり自身を基準にベナウィを見て、勝手に夢絶たれ挫折したままの、情熱を取り戻せない青年として見なしてしまったのである。
実際のところは特にそういったセンチメンタルもなく、努力の具合もごく一般的なものであるのだが……
なまじ若い頃、マリアベールの弟子だった頃に自発的に地獄の鍛錬を己に課していたサウダーデだからこその思い違いだと言えた。
人は基本、そこまで己を鍛え抜けるものではないのだ。
さてそんなすれ違いに、ベナウィのほうは早々に気付いておりどうしたものかと悩んでいた。
尊敬する師であるが、さりとて価値観がナチュラルにスパルタすぎる……そのことをどう指摘したものか、思い悩みながら武者修行に赴こうとしていたのである。
「はあ、憂鬱だなあ」
「おいおいベナウィ、どうしたよ元気のない!」
太平洋客船都市内、飲み屋に特化した客船内にある酒場にて。
ベナウィ・コーデリアはハンバーガーを肴にビールを呷り、物憂げなため息を吐いた。元職場の先輩や師匠サウダーデ・風間経由で知り合った情報屋、ディーンを交えての宴会である。
彼は明日、サウダーデと二人で武者修行のため世界各地を巡る旅に出る。
下手をせずとも数年はかかるだろう大工程だ……しばらく会えなくなることから、壮行会も兼ねてこうして友人達がベナウィを誘ってくれたのだ。
しかして彼の表情は暗い。気にしてディーンが声をかけると、ベナウィは弱りきったようにしょんぼりと肩を落として経緯を話した。
「いえね、うちの師匠……何やら誤解しているようで。私がメンタルに不調を抱えているから修行に身が入っていないと思っているっぽいんですよ」
「あー。そういや旦那、こないだもなんか言ってたな。弟子が前向きになるためにはどうしたものかとかどーのこーの。こんな前向きなやついないっすよって言ってもあんまり聞いてなかったみたいだぜー」
「もちろん直接言ってるんですよ、私も。ですが師匠はほら、S級探査者ですから……人に求めるハードルが根本的に高いんですよねえ」
「しかも探査者きっての実力派だもんな、お前の先生。見た目も厳しそうだけど、やっぱりスパルタなんだなー」
肉厚なパティが何枚も重なるハンバーガーにかぶりつき、ビールを呑んで語るのは師匠への不満、というよりは困惑だ。
サウダーデ・風間。太平洋最強の探査者であり、S級探査者の中でもマリアベール・フランソワやアラン・エルミードと並んで最強格と噂される傑物である。
鍛え抜かれた筋肉と大柄な体格。そして常に修行着に身を包み岩のような厳しい顔つきをしていることから、世間一般の彼のイメージは概ね厳格、スパルタ、あるいは体育会系を超えた体育会系というものばかりだ。
しかして弟子から見た彼の姿は似て非なるものだ。熱く燃える正義漢にして人を思いやる優しい人格者、体育会系というよりはむしろ哲学者に近い読書好きであり……
そしてここだけは世間のイメージと等しいのだが、彼自身も無意識ながら相当なスパルタ指導を行う男でもあった。
「いやあ、私としては大成できるならスパルタだろうがアテネだろうがなんでも来いなんですけどね? それにしたって師匠の要求がちょっと高すぎるんですよね。今でもついて行けている私、マジ天才だと思いますよマジ天才」
「はいはい。しかし無意識でそれってのは困るなあ。本人的には全然厳しいつもりじゃないってことだろ? 直談判されても相手にされないよなあ」
「"いきなり夢を閉ざされて辛い気持ちは分かる、だがここを乗り越えてこそ咲く花もあるのだベナウィ。お前が苦しむならば俺もともに苦しむ、だから一緒に頑張ろうッ!! "──とかって。なんか挫折して立ち直れてないことになってるんですよね、あの人の中の私って」
「旦那、割とそういうとこあるよな……思い込んだら一直線っていうか、押し付けがましいわけじゃないけどなんかこう、変な解釈しがちっつーか」
ベナウィの話に、いろいろ思い当たる節があるディーンが呻いた。
彼もサウダーデの弟子、ではないにせよ第一の子分を自称している男だ。彼のことを尊敬し憧れているのは当然ながら、それはそれとしていささか直してほしいところがあるのも認めざるを得ない。
間違いなく、自身の過酷な生い立ちから来ているものだろう。ディーンは内心、彼の極めてセンシティブな内心を慮った。
モンスターに家族と故郷を滅ぼされ、そこから這い上がりS級探査者へと至ったサクセスストーリー。
神話めいた成長劇は創作の題材にさえなっているほどだが、反面、サウダーデという男の根深いトラウマになっていることは間違いないとそれなりに長く付き合いのあるディーンには思える。
もしかしたら。サウダーデは、ベナウィを通して彼以外の何かを見ているのかもしれない。
突然未来を絶たれた絶望。当たり前の日々を失った悲しみ……形は違えど、それはまさしく。
「──いろいろ、重ねてるのかもしれないなあ」
「え? 何をです」
「まあ、いろいろだよ。ベナウィにもそのうち分かるかもな、なんせ弟子だし」
そこまで言ってディーンは思考を打ち切った。サウダーデほどの男をそこまで考察するのは、彼に対して失礼だ。
それにこの師弟ならば、武者修行の中でお互いにお互いをより深く理解し合い、そして自ずと気付き改めていくだろう。
そうしていつか、この太平洋に帰って来る。
その時が楽しみだと。ディーンはつぶやき、ビールを呑むのであった。
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