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大ダンジョン時代ヒストリア  作者: てんたくろー


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145/210

78年目-2 望郷のラウラ

本エピソードの主要な登場人物

()内は年齢


エリス・モリガナ(73)

ラウラ・ホルン(70)

マルティナ・アーデルハイド(53)

フローラ・ヴィルタネン(37)

神谷美穂(48)

 大ダンジョン時代到来から77年。この年、ダンジョン聖教初代聖女エリス・モリガナはイギリスはカーディフを訪れていた。

 妹分にして二代目聖女ラウラ・ホルンを見舞うためだ……というのもその半月前、彼女が突然倒れて病院に運ばれたのである。

 

 精密検査の結果、今すぐどうこうなる類の病でないことは分かったのだが、だからこそ純粋に老化による衰弱の予兆であるとの見立てが成され、彼女の昔からの友人知人はすぐさま集ったのだ。

 いつか来るとは思っていたことが、いよいよ目に見えて近づいてきたのだと思い知るがゆえに。

 

 特にエリスは敏感に反応した。妹分ももう70歳だ、いつ何時何があろうとおかしくないと覚悟を、決めきれないにしろ考えていたのもある。

 それゆえにラウラの元を訪れたのだが、奇しくも同じタイミングで他の聖女達──三代目マルティナ・アーデルハイド、四代目フローラ・ヴィルタネン、そして五代目神谷美穂が彼女の家を訪れており。

 

 歴史上で見ても最後となる、初代から五代目までの歴代聖女が揃っての面会が行われたのであった。

 

 

 

 気付けばすっかり、妹分だったはずの少女は老婆に成り果てている。

 分かっていた、知っていたはずの事実をけれど、心底からは受け入れられてなかったことをエリスは深い衝撃とともに悟った。


 イギリスはカーディフの病院にて、倒れたラウラを見舞った際のことだ。

 もう彼女も70歳。老境に至り、会う度にどこか疲れたように、活力を失っていく姿を心配していたのだが……まさか何も無い、家で穏やかに過ごしているタイミングで倒れるほどにまで衰弱していたとは思いも寄らないことだった。

 

 老衰。歳の割に早いのは、おそらく若かりし頃に無理をしてきたことが関係しているのだろう、と。

 探査者関係の医療に詳しい世界的名医の見解を受け、エリスは病室につくなり項垂れて謝罪を口にした。

 

「ラウラ、ごめんなさい……! 私を探すため、若い頃に無茶をしてしまったことがあなたを、こんな目に……!!」

「お姉様……それは違います。ボクは、望んでお姉様を探したんです」

 

 個室病床に、今は歴代聖女が揃う中。エリスの涙ながらの言葉をしかし、ラウラは微笑んで否定した。

 70歳どころかもはや、90歳にさえ見えるほどに老け込んでいる顔つき。60代も後半に差し掛かった頃から、急に老化とも言うべき現象が進行したのだ。


 加えて肉体面だけでなく、最近は精神面でもひどく幼気な、少女のような笑みを浮かべることも暫しある。まるで意識が過去の、少女時代に戻ったかのような言葉遣いをすることがあるのだ。

 それが何を意味するのか……少なくともこの場にいるエリスも、マルティナも、フローラも、そして神谷も分からないわけがない。


 永い旅の果てが、ラウラに訪れようとしているのだ。

 無垢に笑う彼女が、言葉を連ねる。

 

「いろいろ、あったけど……ぜんぶ、ぜーんぶ。ボクが考えてボクが決めて、それでボクがやったことだから、お姉様。そんなに、泣かないで? ボクは、ずっと幸せだったんだから」

「ラウラ……」

「────ええ、そう。お姉様に出会い、ダンジョン聖教を興し、後継者を育て。引退後も家庭に恵まれ、穏やかに余生を過ごしました。これで不幸などと言っては、罰が当たるというものでしょう」

「っ……」

 

 15歳の頃を思わせる顔つきや言葉遣いから一変、成人してからの聖女然とした様子に切り替わる。

 本人は気づいていない……もはや夢現のスイッチが混じり合っているようなものだ。ラウラは55年前と現代を、繰り返し行き来していた。

 

 それでも話自体はしっかり通じているのは奇跡的ですらあるだろう。能力者としてレベルを上げたことの恩恵か、あるいは別の要因かはさておき、意思疎通さえ覚束ないほどではないことは聖女一同にとって僥倖そのものと言える。

 真っ白な白髪になった頭を、エリスは優しく、本当に優しく壊れ物を扱うように撫でた。愛しみと慈しみを込めて、想いが伝わるように。

 くすぐったいとばかりに微笑む妹分へ、涙を隠して微笑みかける。

 

「ラウラ……なんでも言ってください、何がしてほしいですか? 今ならなんでもやっちゃいますよ、なんと言っても私はあなたのお姉様ですもの」

「────うん。ふふ、それならね、お姉様。ボク、一つだけお願いごとがあるんだ」

「何? 教えて、ラウラ」

 

 再びあの頃に戻ったのだろう、言葉遣いを変えるラウラにエリスもまた、あの頃のように話す。

 他の聖女達はただ、見守るだけだ……今この時ばかりはいかなる者にも立ち入れない、二人だけの時間。

 時に見放された姉と、そんな彼女を愛し続けた妹の時間なのだ。

 

 そして、ラウラは姉の問いかけに笑顔で応えた。

 

「ボクがいなくなっても、どうか、笑顔で幸せでいてください」

「────────」

「年を取れず、誰をも置いていくしかなくても。それでもお姉様は生きて幸せになってください。置いていくことを、置いていかれることを恐れないで。その先にはまた、新しい素敵な出会いがあるから。ボクの人生にも、誰の人生にもそれがあるように、お姉様にもあるんだよ」


 

 ──だから、出会いと別れをただそれだけのものだと思わないで。

 ──きっとそこには、それだけじゃないたくさんの喜びと幸せがあるから。

 

 

「だから、お願いしますお姉様。あなたを置いていってしまうボクの──私からの最期のお願いです。幸せに、なって」

「…………分かったよ、ラウラ。何がなんでも、幸せになる。これから先の出会いと別れに、不老の中にさえ喜びを見つけてみせるよ。約束だ……っ」

 

 ここまでのことになってもまだ、エリスの幸せだけをただ願い続ける。

 明確に別れを予感させる言葉に、エリスはただ、涙して答えるしかできなかった。

 

 ────ここから5年後、ラウラ・ホルンは永久の旅に出ることとなる。

 過去と現在を夢現に行き来しながら、それでも訪れる友人知人と穏やかに笑い合い、家族を愛し、愛され。次第に体力も意識も失っていき、最後には起き上がることさえできなくなって。


 それでも。

 何よりも最愛の姉を想い続けながら、彼女は旅立ったのだ。

 ブックマーク登録と評価のほうよろしくお願いいたしますー 


 ラウラの想いを胸に生きるエリスが活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー

 https://ncode.syosetu.com/n8971hh/

 書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラウラさん……早すぎる別れだとは思いますが、ポエミー本編でのダンジョン聖教を思うと、下手に長生きするよりは……という気もしてきます。 逆に、なまじ長生きしたために、山形の存在で悔しい思いを…
2024/04/23 06:31 こ◯平でーす
[一言] 友人達と交流はあれど基本は一人でいたエリスさんが葵さんを弟子に取ったのは、この遺言があったからなのかな
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