77年目-3 マリアベールと酒・6
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(59)
ヴァール(???)
サウダーデ・風間(36)
アラン・エルミード(38)
還暦を目前に控えたS級探査者マリアベール・フランソワであったが、若い頃から続く異様なまでの飲酒癖は健在であった。
概ね40年、ほとんど毎日毎日浴びるように酒を飲み続けてなお飽きることなくアルコールを求めていたのである。
酒量そのものはさすがに、若かりし頃よりは格段に落ちた──ドラゴン戦後、老境に差し掛かった際に酒に溺れかけ、ソフィアや友人達に止められたがゆえだ──が、それでも非能力者が同じ生活をすれば3日と保たず倒れてしまうような飲み方を継続していたのだ。
しかして周囲の人々が、それに対してまずいと思うことは実のところなかった。
ソフィアですらそうなのだが、止めなければならないと思うに至った元々の酒量があまりにも常軌を逸していたため、自然と感覚が狂っていたのだ。
"前よりは飲まなくなっているから良い傾向だ"などと……一般的な基準からすればそれでもまだまだすさまじい量であることをすっかり失念してしまい、誰もが誤認してしまっているのだ。
結果としてここから数年後、マリアベールの肝臓についに限界が訪れるその時に初めてそれを誰もが気づくのだが。
それまではまだまだ、彼女の酒に纏わる破天荒な行動は、さして止められることがないのであった──
久方ぶりに愛弟子を交えての呑み会。しかも彼のS級探査者への昇級祝いと来た。
それが例えようもなく楽しくてめでたくて、マリアベールはとにかく嬉しさに頬を緩ませてひたすらに酒瓶を傾け飲み干していく。
スイスはジュネーヴ、WSO統括理事ソフィア・チェーホワの屋敷にて。
話しながら、食べながらであってもなお1リットルほどのウイスキー瓶を30分ほどで飲み干すペース。
普通に考えて急性アルコール中毒まっしぐらな無茶極まりない速度だ。
これが若い頃はもっと早く、ひどい時など5分で一瓶空けていたこともあるのだ。
ドラゴン戦後、暇を持て余したマリアベールが本気で酒に溺れそうになった際、ソフィアが本気で叱りつけるのも無理からぬ話であった。
「ファハハハハハ! いやーめでたいねえ、本当にめでたい! 本当によく頑張ってきたよクリストフ、あんたのおふくろさんもきっと天国で喜んでるさね、ファハハッ!!」
「せ、先生……そう仰ってくださるのは大変嬉しく、また光栄なのですが……さすがに飲み過ぎではないでしょうか。もう少しペースを落とし、合間に水を挟みましょう」
「なぁーに言ってんだいこんなハレの日に! ていうかね、他ならぬあんた自身のことなんだからあんたも呑むんだよ! ほら、太平洋にだって酒くらい流通してんだろうから呑めるだろ? ほらほらぁ!」
あまりのペースに見かねたサウダーデがやんわりと水を勧めるも、テンションが上がりきったマリアベールにはまるで通用しない。
昔からのことだが、相変わらず呑むにしても限度を知らない呑み方をされる方だ……! と、内心で心配とともに苦い想いを抱かざるを得ない。
20年ほど昔に比べればたしかにペースも酒量も落ちたかもしれないがそれはあくまで相対的な比較論にすぎない。
そもそも絶対的に飲み過ぎなのだと、彼は困りきって友人に助けを求めた。
「い、いただきます……ああ、それはともかく水をピッチャーで! アラン、頼めるか!?」
「はっはっはっはっは! エミー、リオン! 今日は最高の日だよはっはっはっはっは!!」
「アラン・エルミード!?」
出会った時から今に至るまで、いつも頼りになる親友。そんなアランでさえも何やら顔を赤らめて豪快に笑って、常にないほど楽しそうにしている。
当然クリストフの声など届いていない。マリアベール同様、完全にできあがってしまっていた。
思えば彼もまた、今日のS級探査者認定証授与に際してはやたらテンションを高くしてはしゃいでいた。
それでも家族連れなのだ、酒の席ではさすがに自重するかと思っていたのだが……そんなことはまったくなかったかと、サウダーデは愕然と息を呑んだ。
さらに言うなら彼の妻エミリアと息子リオンは、とっくの昔にチェーホワ邸を離れ滞在しているホテルへと戻っている。
もう夜の10時を回っているのだ、当然の話だった。酩酊の中、そんなことさえ失念して笑顔で妻子をに話し続けるアランも大概、マリアベールに負けず劣らずの酔い方をしているのだと悟り、もはや天を仰ぐほかないサウダーデ。
それではもはや最終手段とばかりにチェーホワ統括理事、否、今はヴァールのほうに切り替わっている彼女へと助けを求める視線を投げかける。
さしものマリアベールも、ソフィアあるいはヴァールの言葉ならば聞いてくれるだろう。そう思ってのことだったが──
「まったく……一体いつになったら落ち着くのだ大ダンジョン時代は、いい加減にしてくれ本当に。なぜ下らん企みにどいつもこいつも手を染めるのだ、なんのつもりだふざけるな。ワタシがどれだけ慎重にことを進めようとしているのか何一つ知ろうともせず、能力者解放だの人類解放だの委員会だのノインノアなんたらだのと戯けたことばかり」
「ゔ、ヴァールさん? す、すみませんがあの、先生とアランを叱ってやってほしいのですが……」
「理事どもも最近では質の悪い狸ばかり、権力欲にかられてワタシの立ち位置が羨ましいのなら、もう少ししっかりやることをやれという。そもそもワタシもソフィアも成さねばならぬことがあるからこその今なのだ、そこを勘違いされては困る。誰が独裁者だまったく、"ヤツ"さえどうにかできればすぐにでも引退してくれるというのに……」
「ヴァールさん……!?」
──ヴァールもヴァールで、酒が入ると愚痴が多くなり絡み酒気質になりがちなのを、サウダーデはここに至り初めて知ることになった。
今回は他者へと絡むこともないが、そのぶん溜まったストレスゆえか愚痴が目立つ。一人でブツブツとつぶやく彼女の姿に、サウダーデは今度こそ絶望するのであった。
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