77年目-1 サウダーデ、S級へ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(36)
第七次モンスターハザードの終結後、事後処理にWSOはじめアメリカ合衆国や各組織が奔走したのも一段落がついたタイミングにて。
そうした世界情勢とはまったく無縁と言ってもいい太平洋の中心部付近、ダンジョン客船都市において一つの大きな動きが見られた。
この地──土地という概念の定義的にそう呼ぶのがふさわしいかは定かでないが、客船都市に移住した人々はすでに今いる場所をそう認識していた──で探査者活動を行っているA級探査者、サウダーデ・風間ことクリストフ・カザマ・シルヴァに対し、S級探査者への昇級が認められたのである。
世界的な探査者の権威であるマリアベール・フランソワの愛弟子であり、同じくS級の"ハザードカウンター"アラン・エルミードの親友でもあるサウダーデには、それこそ太平洋へと赴く以前から彼もまたS級にと推挙する声も多かった。
しかしてそれを、他ならぬ彼自身が辞退していたのだ。未だ未熟でありなんら世に対して誇れる功績も持たない己がS級になっては、今後の探査者界隈に悪影響が出るとの理由から断り続けたのである。
これには師匠も親友も、果ては話を聞いたWSO統括理事も苦笑いするやら尊敬の念を深めるやら感心するやら、三者三様の様子を見せていた。
少年時代から筋金入りの真面目さとストイックさを持つ男だったが、36歳になってもそうした性質はいささかも変わりなく、なおも誰より自身に厳しく鍛錬を続けて己の進むべき道を邁進し続けているのだ。
途方もない精神力だと、半ば呆れられさえするほどに愚直な信念を貫くサウダーデ。
しかしてこのタイミングでついにS級認定を受けたのには、これもまた彼らしい謹厳実直な志が根底にはあったのである──
太平洋中心部。はるか大海原に空いた、底なしの闇に通ずる大穴。太平洋ダンジョン。
その周辺に、十分に距離を置いた上で連なり、互いに組み合って一つの土地を形成している数十の客船。世界最大にして前人未踏のダンジョンを踏破する探査者達をサポートするために作られた、いわば人工の島──客船都市にて。
声質によっていくつかの区域に分かれているそうした客船の中、娯楽区域に分類される場所にある行きつけの居酒屋にて酒を呑んでいたサウダーデの元に、情報屋の知り合いが息せき切って駆け込んできたのは晴天眩しい昼頃の話だった。
「サウダーデの旦那ァッ!! 聞いたぜ聞いたぜ、ついにS級探査者認定を受け入れたって話じゃねえかぁっ!!」
「騒がしいな……だがさすがだディーン、客船都市一の事情通の名に恥じない耳聡さだな」
「ったりめぇよぉ! 俺ぁなんてったって客船都市最高の情報屋にして客船都市最強の探査者、サウダーデ・風間の一の子分だぜぇ? 旦那のことならこの地の誰よりも早く聞きつけるに決まってらぁ!!」
甲高いが決して耳障りの悪いわけでもない声で捲し立てる、ディーンという名の情報屋。年々客船が増加し拡充を続けるこの都市にあってサウダーデ同様、最初期から活動を行っている年若い少年だ。
能力者ではないものの優れた人脈とコミュニケーション能力をもって瞬く間に客船都市内のニュースを網羅するある種のメディア王となった彼であるが、同時にサウダーデの強さ、侠気に魅せられて第一の子分を自称し慕い続けるという一面も持っていた。
サウダーデとしては正直、子分など持った覚えはないので自称にしても止めてほしいと思っているのだが……
さりとて彼の情報屋としての能力や人脈には助けられているのも事実ゆえ、これも必要経費かと半ば諦めて受け入れているのが実情であった。
そんな彼がさっそく仕入れてきた、サウダーデ自身に大きく関わる重大ニュース。
苦笑しつつもうなずき、肯定しつつ漢は答えた。
「とうとう捕まった、というのが本音のところだよ……先生や友人に比べても俺には、S級たるべき器があるようにも思えんのだがな」
「何言ってんだよ旦那、旦那がS級じゃなかったら誰がS級になれるってんだ!? たしかにあんたのお師匠フランソワさんやご友人のエルミードさんは大したもんだがよ、俺達客船都市に住む者にとっちゃあんたこそが最高の探査者なんだぜぇっ!?」
「また大袈裟なことをいう。この地に限ってみてもヴィルタネンさんやハーウェイさんなど、強力で功績も大きい探査者はいてくれている」
肩を竦めるサウダーデには、謙遜というよりは真実本心から言葉通りの考えをしているのが伝わり、ディーンは深々とため息を吐いた。
あまりにもストイックすぎる。永遠に自分を未熟だと断じ続け、少しでもマシになろうと異常なまでの鍛錬と探査を繰り返す彼の精神性は異質な金剛そのものだと強く思える。
ディーンの言葉は概ねがこの客船都市に住む者にとっての総意と言っても良いものだった。嘘をついていないのだ、彼は。
S級探査者の大家たるマリアベールやアランの偉大さを疑う余地はないが、それでもサウダーデの強さと太平洋ダンジョンでの活躍はそれに勝るとも劣らないものだ。
彼が引き合いに出した同じく太平洋ダンジョンに挑む探査者フローラ・ヴィルタネンやミア・ハーウェイもたしかに客船都市内で屈指の実力者だが悪いが役者が違う。
そもそも本人達が揃ってサウダーデこそ客船都市最強の探査者であると強く断言しているのだ。そこまで己を律する必要などどこにもないのである。
じきにサウダーデはS級探査者証明書の受け取りのため、しばらく太平洋を離れてスイスへと向かう。
その時に改めて己の実力と功績の大なることに気づいてほしい……子分として、尊敬する親分たる彼を慕うディーンは、そう思いながらも酒を注文するのであった。
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