73年目-3 MAXIM-MILLENNIUM
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ロナルド・エミール(15)
エマ・オーウェン(21)
アメリカ全土で頻発する、極小規模のスタンピード。
その捜査に向けてWSOが本格的に動き始める最中、別のところでも事態を察知する組織があった。
ウラノスコーポレーション。世界的な軍事産業の大手であり、能力者大戦後も各国の軍事関係に大きな影響力を持つ大企業だ。
昨今の大ダンジョン時代の中にあっても根強く軍事兵器の製造に勤しんでいたこの企業に、ある筋から情報がもたらされたのである。
すなわちアメリカの探査素材加工企業、オクティリオン・センチュリーが例のスタンピード誘発液を精製。
とある地下組織に試験運用させているのだという決定的な情報を、証拠付きで手にすることに成功したのだ。
これは紛れもなくWSOに大きく恩を売れる、降って湧いたような値千金の報せであった。
普通の軍事企業であれば間違いなく即座にWSOへと報告するだろう。国際社会を牽引する大組織とパイプを得られ、しかも社会的正義にも貢献することで軍事産業につきもののシニカルな評価をもある程度、払拭できる。
──だがしかし、ウラノスコーポレーションはそういう"普通の企業"ではなかった。
得た情報を利用し、この時期内々で進めていた一つのプラン、探査者専用の軍事兵器の試験的運用実験を行う方向へと舵を切ったのだ。
対モンスター用機械兵装、通称AMW。
特定スキルを取り込み、その出力を増幅させる驚異的なテクノロジー・スキルブーストジェネレータを組み込んだ実験兵器をモグリの能力者に持たせ、試験運用と評価を行うことに人為的スタンピード事件を利用したのである。
そしてそのモグリの能力者として選ばれたのは、これもまたウラノスが得た情報からの縁。
スタンピードを引き起こしている地下組織、ノインノア・ジェネシスから脱走した元モルモット。
アイオーンことロナルド・エミール少年その人なのであった──
アメリカはニューヨーク、スラム街にあるファストフード店にて。ロナルド・エミールは机の向こう、静かに向き合う女性を見ていた。
身なりの良いスーツ姿で、ブロンドヘアを長く伸ばしている。服の上からでも豊満なスタイルが見て取れ、治安の悪いスラムにおいては極めて危険に身を晒しているとも言えるのだが……彼女に近づくものはおろか、遠巻きに眺める者さえいはしない。
要因は二つあった。まず一つに、彼女の後ろに10名ほどの屈強なSPが付いていること。
いずれも見えるように武装している。身のこなしからしても明らかに訓練を受けており、いかにスラムの札付きだとて、容易に近づけない威圧感を放っていた。
次に二つめは、ロナルドの存在そのものが周囲に人を寄せ付けないでいることだ。
15歳の少年ながら彼の名は、ここら一帯に響き渡っていた──《氷魔法》を使いところ構わず極寒の冬にしてしまうクレイジー・スノーマンとして。
ノインノア・ジェネシスから脱走して数年。ロナルドは引き続き組織の構成員らしい者達を襲撃し、命までは取らないものの身ぐるみを剥いで生計を立てつつ連中へと復讐すべく行動していた。
周囲の被害もある程度考慮しているものの、それでもスキルの効果が絶大すぎるせいでどうしても彼が動けばそこに冬が到来することとなる。それを嫌ってスラムの者達はすっかり、彼に近寄らない近寄っても刺激しないというルールを構築するようになっていた。
そんなスラムの問題児ロナルドに、女性はしかし優しく微笑みかけている。
トップアイドルもかくやと言わんばかりの愛らしい顔立ちをして、歳の頃20になるかならないかと見える彼女はそして、ゆっくりと話しかけていった。
「ロナルド・エミールくん。あなたに依頼があります」
「依頼? ゴミ拾いとか、スラムの清掃活動でもしろって?」
「ニュアンスは近いかもしれませんわね。ゴミはゴミでも、片付けるのは社会のゴミになりますけれども」
「はあ……?」
皮肉めいた笑みさえ美しい。ロナルドは若さゆえの純情から美女の顔を直視できず、机に視線を向ける。そこにあるのは銃、二丁の銃だ。
普通にハンバーガーを食べていた彼のところに、いきなりやって来てこの銃を置いて話しかけてきたのだ、この女は。
一体なんなんだ。
困惑とともに銃を見ていると、美女は笑みを深めて説明を続ける。美しいがどこか蠱惑的な、怪しい匂いのする笑みだった。
「ノインノア・ジェネシスの拠点の一つを我々は知っています」
「……!!」
「あなたのことは調べ上げていますよロナルドくん。3年前にかの組織に誘拐され、その1年後に脱走。以来今日に至るまで、構成員狩りを行い復讐を果たそうとしている」
「…………何者だ、あんたは」
一気に警戒感を増して女を睨む。
後ろの取り巻きどもも身構えるが大した話でなく、まとめて氷漬けにできるとロナルドはスキル発動の体勢に入った。
彼のファースト・スキル《氷魔法》は発動すれば即座に銀世界を現出できるほどにまで習熟が極まっている。
能力者になって数年、まともにモンスターと戦うことさえしていないにも関わらず異様な練度なのだが、その理由についてロナルドは過去に施された実験の影響だろうと予想付けていた。改造兵器人間製造実験……人間を改造して能力者並の力を持たせようという狂気の実験の副産物だと結論付けているのだ。
そして実際、それはその通りだった。
彼の体内に埋め込まれた"とあるモンスター"のエキスが、能力者の枠にあってなお超常的な力を彼に与えているのだ。
それを、とある筋から得た情報で知っている美女はなるほどと内心にてつぶやき片手を上げ、取り巻きを鎮めた。
余裕の笑みを浮かべたまま、名乗る。
「エマ・オーウェン。所属は明かせないのよ、ごめんね? ノインノア・ジェネシスには因縁があって、だからあなたにこの銃を、マキシムとミレニアムを渡しに来たの」
「マキシムと、ミレニアム……」
「特別製よ。対モンスター用機械兵装、通称AMW。あなたの《氷魔法》をエネルギー源として扱うことのできる、おそらくは今後起きるだろうモンスターハザードにおける切り札になるはずよ」
いたずらっぽく笑う女、エマと二丁拳銃、マキシムとミレニアムを見比べるロナルド。
これが彼、後にS級探査者アイオーンとして知られることになる少年の愛用武器、並びに……最愛の女性との初対面だった。
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