72年目-2 シェン・ロウハン。願いの果てに──
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・ロウハン(享年34)
シェン・フェイオウ(39)
シェン・ラオタン(37)
シェン・カウファン(35)
大ダンジョン時代に新たなる変化が訪れようとしている中、シェン一族の里にもまた、一つの大きな変革が起きようとしていた。
里長の座に新しくシェン・フェイオウが就いたのだ。そして先代里長たるシェン・ロウハンの様々な改革を引き継ぎ、より一層近代化と効率化、多様化へと舵を切ることになる。
フェイオウという男はロウハンよりもいくらか年嵩だが星界拳の腕前は当代きってのものであり、正統継承者となるのに誰も異論のない男だった。
性格もぶっきらぼうながら実直かつ情に厚く、病に冒され余命幾ばくもないロウハンの頼みを受け入れ、彼の改革を継続させるために里長についたというエピソードも里内には伝わる。
そんな彼が里の長となったのであるが、一方でそれはすなわち先代里長、ロウハンの命数が尽きたことをも意味していた。
先々代里長シェン・ラウエンの運営とは一転しての様々な改革を断行。一族に先進的な文明をもたらした"叡智のシェン"たる彼であったが……初代カーン同様、病には勝てずこの世を去るしかなかった。
時に大ダンジョン時代開始から71年が過ぎた頃。
彼が渇望した"完成されしシェン"ことシェン・フェイリンが生まれる、実に15年ほど前の話であった。
シェンの里から遠く離れた、中国は北京市内の病院にて。
病床に着くシェン・ロウハンは、いよいよ己の死期が近づいてきたことを悟り、静かにつぶやいた。
「やれるだけのことは、やった」
「…………ああ。お前は立派だ、ロウハン」
静かな、あまりにも静かなそのつぶやきに応えるのはシェン・フェイオウ。ロウハンの跡を継ぎ、シェン一族の里長を務めている男だ。
数年前、病によって近いうちに死ぬことを悟ったロウハンが、自ら指名した星界拳の後継者。最初は頑なに拒否し己の業を高めることに拘っていたフェイオウだが、ロウハンの病状や時間がないことを知り、やむなく里長となることを決意した。
それ以降、ロウハンは己の身体を騙し騙し保ちつつ、フェイオウに里運営について、そして己が夢見ていたシェンの里の改革についてを教え込んだ。
余命数年、その間に理想が実現することはまずない。ならば次代たるフェイオウに託すことで、彼はいつの日かの理想達成を果たそうと考えたのだ。
今もまだ道半ばだが、フェイオウもようやく里長に慣れてきて、ロウハンに治療に専念させてやれるようになってきた。
後のことは自分に任せて、お前はゆっくり養生するが良い──そう労おうとした矢先、ロウハンは倒れてしまいこうして病院へと運び込まれたのだ。
それから数日、わずか数日だけでロウハンはみるみるうちに衰弱してしまった。
これまで相当無理をしていたのが、フェイオウが里長として自立したことをきっかけに緊張の糸が切れたことで一気に噴出したのである。
鍛えられた肉体ももはや老人同然。まだ40にも満たない身の上でなんたることかと、フェイオウはもちろんのこと見舞いに駆けつけたロウハンの友、シェン・カウファンやシェン・ラオタンまでもが揃って哀切と悲痛に表情を歪めていた。
「ロウハン! お前は、素晴らしいものをシェンに授けてくれた!」
「そうだ、ロウハン。様々な改革、新たなる方向性。そして未来につながるシェンの姿……すべて、お前がもたらしてくれたものだ。大したやつだよ、お前は。きっとラウエン様も、始祖カーンも喜んでくださっている」
「カウファン、ラオタン…………ありがとう。その言葉だけでも、私はなんだか救われたよ」
かつては仲違いすることも多かった、同じ星界拳の探査者の二人。けれど今はこんなにも、死の間際に温かな言葉を送ってくれる。
それが嬉しくて、ロウハンは薄く微笑んだ。先々代のラウエンや始祖カーンに、恥じないだけの働きはできたかどうか。そこが死の寸前までも気になっていた彼だが、今の言葉でどこか、吹っ切れた気がする。
どんな形であれ、自分は自分の為すべきと信じたことを為した。それがすべてだ。
たとえ先人達とは異なる見解だったとしても、この道の正しさは誰にも否定させない。己は、己の使命をまっとうしたのだと、今なら心の底から言える。
そんなふうに力なくも儚い、けれどやりきったとばかりに透き通った笑みを浮かべるロウハン。
偉大な同輩が末期に浮かべたその表情に、カウファンとラオタンはもはや耐えきれず滂沱の涙を流した。
「ロウハン……!!」
「フェイオウさんの言うとおりだ……立派だ、お前は。心の底から……!」
彼らを見つめ、しかし涙を流すことはなく……里長としての威厳を身に纏い始めたフェイオウは、ついに訪れてしまった別れの時をただ、やるせない想いとともに受け入れている。
今言った通り、彼にとっても疑う余地なくシェン・ロウハンは本当に立派な里長だった。
古きに囚われていたシェンの中にあって一人、開明的な思想を持ったことで異端扱いされた少年時代。
スキルを得たことで探査者としての鍛錬を重ねるも、同時に勉学に励み続けた果てに、里長としてシェン一族に次々と改革をもたらした青年時代。
悔しくも、本当に悔しくも病に倒れこうなってしまったが……もしも病なかりせば、ロウハンはシェンにさらなる叡智と文明、まだ見ぬ希望を与え続けてくれただろう。
一人のシェンとして、人間として心から哀しく思う。せめて彼の想いを引き継ぎ、少しでも一族をより良い方向に導くことが託された者としての役割なのだと、フェイオウは密やかに決意した。
「…………我が、魂もまた、星界拳、に、宿、れ」
「ロウハン!!」
「……シェン、のために。輝ける未来のため、に。どうか、どうか……ぁ」
最期の力を振り絞って、囁きにも似た掠れ声をあげ。──ロウハンの瞼が閉じられた。
もう二度と開くことはない。シェン・ロウハン、享年34歳。あまりにも早すぎる叡智の逝去に、一族の誰もが悲しみ、嘆くことを禁じ得なかった。
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