72年目-1 怪人、国際社会へ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(54)
グェン・サン・スーン(42)
太平洋経済圏構想のスタートと同じくして、東南アジア方面の探査者界隈にも大きな変革の時期が訪れていた。
十年近くこの地域にある複数の国の全探組をまとめてきた英雄グェン・サン・スーンがついにWSO本部施設勤めの、それも役員クラスになったのである。
理事とまではいかずとも大きな采配を振るえる、そんな立ち位置に就くことができたのはこの時期のアジアでは珍しいことだ。
もっと言うならこれを皮切りに日本や中国を初めとするアジアからWSOの役員や職員が多数採用されるようになっていくので、彼の昇進はある意味WSOにとって極めて大きな、新たな風を呼ぶものだと言えるだろう。
しかしてサン・スーン本人には未だ喜びも達成感もない。自信家である彼としては、このくらいは当然のことだと確信していたからだ。
彼の目標はあくまで一つ、統括理事の座。尊敬すべきソフィア・チェーホワに代わり、大ダンジョン時代を牽引したいと願う彼の野心は若き日からいささかの衰えもなく燃え盛っていた。
スイスはジュネーヴ、WSO本部施設からは数km離れた高級住宅地に建てられた新居、サン・スーンの館。
豪勢ながら成金趣味すぎず、華美を好みつつもどちらかと言えば合理性を内包する白亜の屋敷はそのまま彼の本質を表しているのだろうと、来客たるマリアベール・フランソワは内心にて思った。
露悪的な振る舞いをするくせ、やること自体はお人好しのソレ。変に誤解を受けることも少なくない、今や"怪人"とまで呼ばれるようになっている変人だ。
42歳にもなり、髭を蓄えてスーツ姿をしている目の前の男。 探査者というよりは政治家と言うべき容貌になってきた後輩に居間へと案内されつつも、彼女は面白がってからかうように話しかけた。
「ファハハ! サン・スーン、ずいぶんと狸じみた面構えになってきたねえ。聞いてるよあんた、結構な勢いで権力掌握に勤しんでるんだって? 神谷が嘆いてたよ」
「ホホハハ……! いやいやお恥ずかしい、かの五代目聖女には若い頃から叱られっぱなしです。どうやらどう変わろうが私と彼女は、根本的に折り合いつかぬ間柄のようで」
年を取ったこともあり、口調も物腰も若い頃の勢いは失せている。探査者としてもすでに現役を退いており、もっぱらWSO本部役員としてのし上がることに血道を上げる日々だ、いつまでも跳ねっ返りでいられるわけもない。
けれど代わりに得た風格──権力闘争の中で身につけた権謀術数や気迫は、それを補って余りあるほどの威厳を彼に纏わせていた。
リビング、用意されたテーブルの上にはすでに酒と食事とが並べられている。彼の愛妻達による、精一杯のもてなしだ。
若い頃から女好きで鳴らした彼を慕って、愛人達は東南アジアからはるばるスイスまでついてきた。その想いに胸を打たれたサン・スーンが腹を括り、全員を妻と断言して家庭を築き挙げていたのてある。
いわゆるハーレムだ。屋敷内には今は見えないが異母兄弟たる息子娘がざっと10人はいるらしい。
感心とも呆れともつかない吐息を漏らしつつ、マリアベールは着席した。
「探査者の男なり女なりがハーレムを作るって話は、古今東西聞くけどね。実際に見るとすごいことしてるもんだって驚かされるよ。まさか他にも愛人作ってたりはせんだろうね? それこそ昔馴染みの神谷とか」
「まさかまさか、とんでもない! 出会って間もない一時期にコナをかけたのは認めますがね、即座に半殺しにされてスラムのゴミ捨て場に投げ入れられました!」
「…………えぇ……?」
明かされる知り合い二人、サン・スーンと神谷のやり取りにマリアベールは彼女にしては珍しく絶句した。
初めて会った頃でもすでにダンジョン聖教の神官として立場ある身だったろう神谷相手に軽薄に声をかけるサン・スーンもサン・スーンだが、ただコナをかけられただけで半殺しにしてゴミ捨て場に突っ込む神谷も神谷だ。
思えば神谷は若い頃、まだまだ尖っていた頃のマリアベールから見てもなお極端と言うか容赦がない少女だった。
あるラインまではにこやかなのだが、それを越えると瞬時に拳が飛んでくる。基本的には犯罪者やモンスターに対してがほとんどなのだが、サン・スーンのようにナンパ目的で声をかけたりするのも割合すぐにアウト判定を下しがちだったのだ。
要するに男が苦手ということなのだろうが、それにしてもやりすぎである。
今度神谷に会ったら多少言っておくかねえ、と肩をすくめるマリアベールだ。
「あんな恐ろしい女、頼まれたって嫁にゃしません! アレが当代の聖女だなどと、世も末だと本気で思っているほどなのです!!」
「そりゃ難儀な目に遭ったね……まあそれはそれとして、今現在のあの子は立派な聖女にふさわしいとは思うけどね。WSO本部役員にまで登り詰めた、あんたと同じでさ」
「む……ホホハハ! なあにまだまだ、こんなもんじゃ終われませんので登り詰めた、というには早いですなあ。なんせこのグェン・サン・スーンはWSO統括理事にまでなる男なのですから。ホホハハハハ!!」
神谷への愚痴もそこそこに、褒められて気を良くしたのか大笑するサン・スーン。いつもどおりの大口を叩き、野心を剥き出しにした笑みを浮かべる。
探査者にしては珍しいほどに野心的な男。マリアベールはその是非についてはともかく、在り方自体はそれなりに好意的に見ていた。
どうせ追うなら夢。そう言わんばかりに人生をかけてひた走る姿はどことなく眩しく見えるものだ。
ましてやこの男の場合、こうした言動は単なる憎まれ口なだけであり……実際のところは大ダンジョン時代社会の安寧と秩序を保つため、各地で政治活動を行い策謀を巡らすも決して私利私欲のために動くことのない無私の政治家なのだ。
となれば多少、野望を求めるくらいは良いだろう。
後輩に温かな目を向けつつも、マリアベールはさておき酒瓶へと手を伸ばすのだった。
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