71年目-4 アイオーン
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ロナルド・エミール(13)
世間がS級探査者マリアベール・フランソワのドラゴンキラー伝説や、ついに始まる太平洋経済圏構想に大きな盛り上がりを見せる、大ダンジョン時代が70年を数える頃。
その裏で──次なる戦乱の兆しは、始まっていた。
「A10番、起きろ」
「ガハッ!? ──グフッ、ごほ、かは」
腹への衝撃。思い切り蹴りつけられてのそれに思わず少年は血反吐を吐き、咳き込んだ。誰も知ることのない暗い地下牢でのことだ。
13歳の少年だが、名前はない。あったはずだが文字通り"消された"。薬と精神操作によって、彼はこれまでの自分が持っていたものすべてを強制的に放棄させられていた。
今はただの、人形だ。
ノロノロと立ち上がる。服一つさえ与えられず全裸のままだ。
痩せこけた身体、薄汚れた顔、髪──本来金髪だったのが過度のストレスにより白髪になっている。度重なる実験により、彼はさながら枯木のようにやつれ果てていた。
「そろそろコレも終わりかね? 多少永く保ったがまあ、替えはいくらでもあるか」
「…………ぁ……ぅ…………」
「改造兵器人間製造実験計画……能力者に代わりゲームチェンジャーになり得る存在を生み出すプランか。チッ……先は長そうだ」
少年を蹴りつけた男。髭を生やした痩身の、白衣に身を包んだ男がぼやく。彼はこの"実験"の理念への狂信者だった。
能力者大戦から60年が過ぎる現在。能力者を兵器利用することが世界的に完全禁止されてしまった今の社会にあって、しかしそのあまりに強大すぎる力を諦めきれない者達はとある計画を社会の闇の底にて動かしていた。
すなわちそれは、能力者に代わる兵器の開発……それも能力者に限りなく近い、そしていずれはそれさえ超えるような存在を用意せんとするものだ。
改造兵器人間製造実験計画。非能力者に様々な角度からのアプローチ、すなわち人体実験を施して夢の超人を製造するプランがこの頃、密やかに行われていたのだ。
そしてその被験者として何処かから連れてこられたうちの一人が、今ここにいて呻き声を上げるしかできない少年だった。
白衣の男が忌々しげにつぶやく。
「それもこれもWSOが全部悪いんだ。あの不老存在ソフィア・チェーホワがな」
「……………」
「能力者……スキルや称号効果、レベルを手にした人間なんて戦闘兵器として使うのが最適解に決まってるんだ。そうじゃなきゃつまらない。せっかく手にした力をただの害獣駆除程度に浪費しているあの女は頭がおかしいのさ、物事の理屈を分かっちゃいない」
「…………」
一人嘯く男は、少年に向けて話しかけてなどいない。あくまでも世の理不尽を一人で嘆き、一人で憤っているに過ぎない。
それも極めて身勝手な理屈でだ──能力者を戦争の道具に使用しようとした60年前の大戦を彼は肯定し、そして食い止めたソフィア・チェーホワを憎んでいた。同時に彼女が率いるWSOも。
能力者は戦争に投入されてこそ、その真価を発揮する。そんな持論を提唱するも誰からも相手にされなかった彼のような科学者が、ここには多くいる。
異端の果てに外道に手を染めた者達。能力者が利用できないならばその代用品を創り出せないかと、彼らは寄り集まって地下組織を作り、多くの罪なき非能力者を用いての人体実験を繰り返してきたのだ。
"ノインノア・ジェネシス"。
新たなる方舟を創り、新時代を築こうとして彼ら邪悪な研究者達は自らの組織をそう名付けた。
そして少年はその被害者の一人だった。男はガリガリと頭を掻きながら、なんの感情もない冷え切った瞳で彼を見てつぶやく。
「A10番には引き続き"アレ"のエキスを投入するか……今のところ副作用に耐えきれたのはこいつだけだったが、そろそろ限界のようだ。多少とはいえ遺伝子を変質させるものがあった以上、死んだ後に解剖して解析を行うくらいか。エキスの適合実験にはまた適当な村なり町なりから見繕ってくれば良い。いくらでもモルモットはいる」
「…………ぅ、あ…………」
「……いや。いっそそのへんの調達は委員会に任せるべきか? 得体の知れない連中だがしかし、マンパワーの要る調達作業に協力的なのは正直助かる。余計なことに労力を使っていられんのだ、適当なデータと引き換えに実験動物の調達役として顎で使ってやるのが賢いものの考え方、か」
「………………………ぁ、ぁ」
依然ぶつぶつと呟く男の前で、棒立ちになる少年にもはや自我はない。そして肉体も、すでに純粋な人間のソレではなかった。
彼に施された実験……とあるモンスターの体液から精製されたエキスを注入されたことで、著しく変生しているのだ。そしてその変貌に身体が耐えかね、命尽き果てようとしている。
このまま、死ぬほうがあるいは少年にとって救いなのかも知れない。この世の地獄、闇の底の底に罪なきままに放り込まれた彼には、きっと死後にこそ救いが待つのだと祈る者さえいるのかもしれない。
けれど。
『あなたはステータスを獲得しました』
運命はそれを赦しはしないのだ。生きている限り、誰であれどんな形であれ、意図せぬ事態は降りかかる。
「ぁ────、ぅ、あ、あ?」
『それに伴いダンジョンへの入場および攻略が可能になりました』
『system機能の解放を承認。以後、あなたは自分のステータスを確認できます』
彼の、衰弱しきった脳内に響く声が正気を蘇らせていく。
まさしく奇跡だった……誰が望んだわけでもない、それでもあり得ざることが起きたのだ。
死を待つばかりの少年が能力者としての資格を得、ステータスを身に着けた結果。損なわれていた自我と人格、理性を一気に蘇らせたのだ。
そして半ば本能的に、少年は小声でステータスとつぶやいた。嗄れた喉、掠れた声でも見える、彼の彼だけの力。
名前 ロナルド・エミール レベル1
称号 ノービス
スキル
名称 氷魔導
称号 ノービス
効果 なし
スキル
名称 氷魔法
効果 氷を用いた魔法を使用できる
氷。魔法。
その文言を目に入れた瞬間、少年……ロナルド・エミールは蘇った人格、自我、魂の奥底から発せられる感情を一切隠すことなく解き放った。
言うまでもないことだが対象は眼の前の白衣。否、この地獄そのもの。理由は、これまでに受けてきたことすべてに対しての、憎しみ。
「…………ッ、《氷、魔法》ォォォォッ!!」
「いっそ委員会とやらを内部から乗っ取る手もある。所詮愚鈍な低能どもに決まっているのだ、から…………ッ!?」
ロナルドの様子に一切気づかなかった白衣の男が、ようやく振り向いた時にはもう手遅れだった。
発動する《氷魔法》。低レベルでも感情のままに放たれたそれは、人間一人など即座に凍てつかせてしまえる。さすがに殺すまでは至らないものの、全身を氷漬けにしてしまったのだ。
「な、あ……ッ!? きさま、A、1……!?」
「番号で、呼ぶ、なァッ!! 俺、は、人間だッ、ロナル、ド・エミ、ールだッ!!」
一気に奪われる体温に、顔を青ざめさせて呻く男にロナルドは力の限り叫んだ。そして憎しみを込めた眼差しを向けつつ、けれど牢の外へと向かう。
とにかく逃げなくてはならない。ここまで衰弱した身体、敵地の真ん中でどこまでやれるか分からなくても。それでも取り戻した人格と自我は逃げろ、生きろと叫ぶのだ。
──結果として彼はどうにか、この場所より逃げ切ることができた。
体力を回復させて後はモグリの能力者として世間の影に潜むこととなったのだ。
そして義務付けられている全探組、WSOへの登録さえ拒み、一人犯罪能力者としての道を歩むこととなる。
すべてはノインノア・ジェネシスに復讐するためだけに。孤独な戦いが、幕を開けた
後に"アイオーン"の渾名で探査者界にも名を轟かせる男、ロナルド・エミール。
第七次モンスターハザードにおいて数多の英傑とともに世界を護ることとなる新たな英雄のはじまりは、このように憎悪に彩られたものだった。
ブックマーク登録と評価のほうよろしくお願いいたしますー
アイオーンについては名前だけちょっぴり出てくる「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




