71年目-3 海の彼方へ、サウダーデ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(30)
マリアベール・フランソワ(53)
アラン・エルミード(32)
かくして動き出した太平洋経済圏構想。その第一陣の出発。
WSO本部にて壮行会を行った探査者達はそのまま最寄りの空港へと向かい、飛行機に乗って一路日本へ向かい、神戸港から大型客船に乗って太平洋へと赴くことになる。
長く、はるかな旅路だ……事実第一陣出発から現代に至るまで、30年もの時間経過を経てようやくこの構想はひとまずの完成形を見ようとしている。
紆余曲折を経つつも数百隻の豪華客船が巨大ダンジョンの入口を取り囲み、そこに数万人規模で探査者やその家族、はたまた各国の企業や組織が定住する完全な都市、通称"ダンジョン客船都市"が出来上がったのだ。
そしてそこを拠点に少しずつ、牛歩の如き歩みでだが太平洋ダンジョンの攻略が行われている。
多くの探査者達がパーティを組み、パーティ同士が集まったクランを結成しての大規模探査だ。
大ダンジョン時代100年経過時点で地下66階層まで到達できているのだが、未だに最深層の兆しが見えない。
一部では100階層超えまであるのではないかという噂までされている始末であり、当面のところダンジョン客船都市はまだまだ繁栄し続けるだろうというのが専門家達の意見であった。
ともあれそんな形でいずれは大都市にもなる客船都市の、栄えある第一陣に選ばれたのがサウダーデ・風間だ。
熱く燃え盛る愛と郷愁を胸に、未知なる太平洋の魔窟をも踏破してみせるという気概でことに臨む彼に、友人知人との暫しの別れが訪れようとしていた。
スイスはジュネーヴ市内からそう遠くないところにある国際空港、そのターミナル。
そこから日本行きの特別チャーター便に乗っていよいよ、サウダーデ・風間ははるか太平洋へと旅立とうとしていた。
齢30を迎え、いよいよ肉体的にも精神的にも全盛期を迎えようとしている男だ。
近接戦闘において言えば師匠マリアベール・フランソワの全盛期さえ超えるほどであり、未だA級探査者であるがじきにS級探査者へ昇級するとさえ目されている当代屈指の実力者である。
いつも通りの修行僧スタイル。そして旅行カバンとトランクケースが一つずつ。すでにリスボンにて住んでいたマンションも引き払い、完全に太平洋上にて根を張る決意を固めていた。
そんな彼に、親友のアラン・エルミードが話しかける。
「……ついにお別れか、クリストフ。名残惜しいよ、さすがに太平洋にはなかなか行きづらいから、しばらくは会えないことになるね」
「そうだな……俺も名残は当然ある。だが、それでも決めた道なのだ。太平洋の開拓という新たなる使命に、これから先の探査者人生を費やしていきたいと思っている」
「君らしいよ。出会った時からずっと、君は僕の思う理想の探査者、最高の人間そのものだった。きっとこれからもずっと、そうであり続けるんだろうね」
どこまでもまっすぐブレない求道者。もう十数年も前に初めて出会ってから今に至るまで、思えばクリストフはアランの憧れであり続けた。
人として、男として、そして探査者として……歳下ながらあまりにも心身ともに強い彼のようになりたいと、何度となく考えてきたのだ。
とはいえ結局自分は自分。彼のようにはなれないしなる必要もない、と成熟するにつれて自然と悟ってきたことで、憧れつつもコンプレックスにならない程度のものに落ち着いたのだが。
それでもサウダーデへの敬意はいささかも衰えることはなく、唯一無二の親友として今は彼と肩を並べる自分であろうと思えていた。
だからこそ、今日この日をもって太平洋へと旅立つ彼を見送ることに、寂しさはあれどそれ以上の納得と理解がある。
引き止めてはならない。彼の歩む道をただ信じ祈り、そしていつの日か再開した時に胸を張れる自分であれるよう精進ていかねばならない。
そんなふうに内心、折り合いをつけることができていたのだ。彼女……サウダーデの師匠たるマリアベールと同様に、だ。
「クリストフ、向こうでも元気でやんなよ」
「先生……先生には本当に、なんと言えば良いかも分からぬほどに多大なお世話になりました。ありがとうございました」
「ファハハ! よしなよ湿っぽい。今生の別れじゃなし、機会があればまた会えるさね。だからさ、死んだりせずに健康にね」
「はい! 先生もどうか、酒の飲み過ぎにはお気をつけください」
豪快に笑う初老の師。出会った頃にはあんなにも活力溢れていたのが今はもうずいぶん落ち着いていることに、サウダーデは年月が経ったことを実感せざるを得ない。
本当に、世話になった。この人はあるいは、自分にとって第二の母親ですらあったかも知れない。照れくさくてとても口には出せないが、そんな想いが彼の胸にはたしかにあった。
マリアベールも同様だ。これまで数多弟子を見てきたし今も何人も指導しているが、クリストフほどに手がかからず、けれど心からその行く先を案じ親身になって接した子もいなかった。
息子同然などと、彼の母の偉大さを思えば決して口には出せないが……かの偉大な女性に代わり、彼の道筋を少しは照らしてやれたという自負はある。
それはマリアベールにとって、大きな誇りだった。
ターミナルにアナウンスが響く。件の日本行きのチャーター便へと乗り込むよう、促す声だ。
別れの時が来た。荷物を軽々と担ぐサウダーデが、アランとマリアベールの優しい顔をじっと見る。
かけがえのない友と師匠に見送られることの幸福と誇りを改めて感じ、はにかむように笑った。
最後の言葉だ。噛み締めるように、心を込めて言う。
「それでは、行ってきます……! またいつか、どこかでお会いしましょう二人とも! その時まで、さようなら!!」
「ああ! 行ってらっしゃいクリストフ! 君の道行きに、幸多からんことを!!」
「しんどくなったらいつでも帰ってきなよ! 私らは何があっても、あんたの味方だよクリストフ!!」
独立の時に流した涙はもうない。お互いあるのは、果てしない愛と友情の眼差しのみ。
それだけで十分だと、サウダーデ・風間は……クリストフ・カザマ・シルヴァは背を向け歩き出した。
はるか海の彼方へ。彼の人生はまだまだ、これからなのだ。
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太平洋で30年を過ごしたサウダーデが活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




