70年目-2 ロウハンとフェイオウ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・ロウハン(32)
シェン・フェイオウ(37)
世間ではS級探査者マリアベールの実力が世界に知れ渡り、ちょっとした探査者ブームが起きている頃。
中国の山奥、シェンの里ではそうした動きとはまったく関係なく、里長ロウハンによる改革が実行されていた。
学問の奨励と星界拳士の実力ごとの区分による競争の促し。そして前里長ラウエンが残した奥義、天覇断獄星界拳の完成に向けての研究と鍛錬。
やることは山積みなのだ……シェンの誰もが文武両道に勤しみ研鑽を重ねる、忙しくも充実した日々を過ごしていた。
しかしてこの頃、里長シェン・ロウハンには暗い兆しが見え始めていた。病がちになり、体力が低下したことから徐々に探査業から遠ざかっていったのだ。
里長としての業務にはこの時点ではまだ支障がないものの、星界拳士としての鍛錬も満足なものができなくなってきているという、シェンの一員としては致命的な状態に陥りつつあったのだ。
これについては里の者達はみな、仕方のないことであり里長として働いてくれればそれだけで良いと言っていたのだが、他ならぬロウハン自身がそれを許さなかった。
カーン、ラウエンから託された三代目里長にして星界拳正統継承者として、その責務をまっとうできない状態になりつつあると自身に決断を下したのだ。
すなわちそれは四度目の世代交代。里長ならびに星界拳正統継承者の座を、次代に引き継がせようと決意したのである。
しかしそこには一つの問題があった。ロウハンの目から見て、理想を引き継ぐに最も適していると思えるシェンが……彼よりもいくらか年上で、性格的にひどく気難しい一面を抱える男だったのだ。
名をシェン・フェイオウ。
この時すでに37歳。ステータスを持たない非能力者ながらも、里の誰よりも過酷で厳しい鍛錬を己に課し続ける餓狼のごとき星界拳士であった。
「断る。俺は己の拳を高めることにのみ集中していたいのだ、放っておいてくれ」
次代の里長になってくれないか……と、打診したものの分かり切った答えが返ってきたことに、里長シェン・ロウハンは青白い顔色に苦笑いを浮かべてやはりかと小さくつぶやいた。
シェンの里近郊、荒地の中で縦横無尽に蹴り技を放ち修練を重ねていたところを捕まえての問答だった。
最新科学を多く取り入れたこの頃のシェン一族の中にあって、未だに昔ながらの無茶な鍛錬も並行して続けるある種の異端児シェン・フェイオウに、病身を押してロウハンは次代里長の座につくよう要請したのだがこの通りだった。
一切躊躇なく答えたフェイオウだが、しかし動きを止め、具合の悪そうなロウハンの身を支えた。
無愛想な男だが、決して悪漢ではない……むしろお人好しとさえ言っていいのだが、己の業を高めることに集中しすぎるがゆえにぶっきらぼうになりがちなのだ。
そうした彼の心情をもある程度知るがゆえに、ロウハンは里へと半ば引きずられて持ち帰られながらも、続けて彼を勧誘する。
「頼む、フェイオウ……君しか私の理想、シェンのこれからを託せる者はいないんだ。私にはもう、時間がない」
「馬鹿なことを言うな。最新の医療なりなんなりあるだろう、養生して治せ。お前が始めたシェンの改革だ、人に擦るな」
「もう手遅れなんだ。保ってあと3年と、都会の大病院で断言されている」
「……! 馬鹿な、本当なのかロウハン?」
まさかのカミングアウトに、さしものフェイオウも目を見開いていた問いかける。薄っすらと涙さえ浮かべたロウハンは、無念そうに頷いた。
三代目里長として、ラウエンの志をも継いで断固たる改革の道も未だ半ばだ……それなのに病に蝕まれ、おそらくはやり遂げること叶わず果てる。その苦しみ、悔しさはいかほどばかりのものだろうか。
フェイオウは言葉を失い、彼の顔をじっと見ていた。
「…………」
「フェイオウ、君は誰よりも真面目だ。星界拳に対して誠実で、努力と研鑽を怠らない。それでいて私の改革に文句一つ言わず従って、学問にも明るい」
「お前の改革は有意義だからだ。勉学も、最新技術も科学もネットも、そして様々な新制度もすべてがシェンをより高みに至らせるためのものだった。それは、俺にも分かる」
「そんな君だからこそ託したい。里の者達は多様性を得たゆえにまだまだ自分達の道を、行く末を考え悩む時期なんだ。そんな中、君だけは古きも新しきも受け入れてなお己の道を進んでいる。かつてのラウエン様のように、そして私のように……だから、っゲホッ、ゴホッ!」
自分はもう間に合わない、そう確信するがゆえに託す。
おそらくは今現在、里の中でもっとも己の信念を貫き通しているフェイオウへ。
かつて星界拳正統継承者候補だったシェン・カウファンやシェン・ラオタンはすでに里を出て海外にて拠点を築いている。呼び戻すことも難しい。
であれば、能力者でなくとも星界拳士として里随一の使い手である彼こそが里長にふさわしいのだと、判断しての提案。
しかしそれを言い切る前に病身が保たず、咳き込むロウハン。
フェイオウの肩を振るえる手で掴む、込められた力の強さ、重み──すなわち志半ばで果てざるを得ない彼の想いを肌で感じ取る。
その感触を、慮らない男はこの場にいなかった。
「分かった。あんたの志は俺が引き継ごう、里長」
「ふ、フェイ、オウ……」
「あんたに残された時間、俺にすべて寄越せ。三代目里長シェン・ロウハンの成そうとした改革の構想、意味、そして展望。そっくりそのまま受け継ぐ。あんたの目指したシェン一族を、俺が形にしてみせよう」
「…………ありがとう…………ッ!!」
無骨、ゆえに重みあるその言葉にロウハンはホッとしたように微笑んだ。そして自分がいなくなってもきっと、シェンの改革は完成すると確信を抱く。
四代目里長にして星界拳正統継承者シェン・フェイオウ──この時点から三年後、ロウハンが病で没して後にシェン一族を率いる男の、先代との生涯を懸けた約束が結ばれたのであった。
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