70年目-1 御堂とフランソワ・4
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(52)
御堂将太(73)
御堂光江(享年73)
ドラゴン戦による全盛期の終わりを経て老境に至ったS級探査者マリアベール・フランソワだが、やはり変わらず日本フリークは貫き通していた。
毎年、来日しては京都にある御堂邸を訪れ、先輩である御堂将太とその家族達と交流する習慣を欠かさず続けていたのである。
この頃将太もすでに73歳、とっくに引退していてもおかしくない歳ながらそれでも現役でダンジョン探査を行っていた。
しかし彼自身そろそろ限界が近いとは思っており、後はいつ踏ん切りをつけるか、と考えていたところで二つの契機が訪れたのだ。
一つは先述のドラゴン戦によるマリアベールの変化。
自分の後輩であり、息子と同じ年頃である彼女さえもが老いてピークを終えたことを受け、いよいよ自身も潮時だろうと考えたことが大きい。
彼女ほど探査業に執着する気もなかったがゆえ、腰が曲がってなお戦い続けることを選んだその姿に、ついていけないという弱気を自覚したことも関係している。
そして二つ目。こちらが彼にとっては非常に大きなものだった。彼はもう、この世に大した未練もなくなってしまったのだ。
最愛の妻、光江が病にて没したのである。
────仏前にて正座し、マリアベールは合掌して祈りを捧げた。御堂邸に到着して真っ先にまず、行ったことだ。
追悼の念を捧げる相手は今年春頃に亡くなった、御堂光江。先輩たるA級探査者、御堂将太の最愛の妻だ。
「人の命は、どうなるものか誰にも分からないものだね、マリー」
「……なんと、言えば良いのか分かりません。とにかく心からお悔やみ申し上げます、将太先輩」
居間にて、改めて御堂家の面々に挨拶する。その中でマリアベールから見た将太の姿は、かつてに比べてあまりにも弱々しく、老いさらばえたものに映っていた。
無理もない、幼い頃からずっと一緒だった幼馴染の妻を失ったのだ。半身を引き裂かれるが如し悲しみと痛みは癒えることはないだろう。
急性の心臓病らしかった。少なくとも去年までは元気そのもので、これから先もずっと将太と二人、仲睦まじく長生きしてくれるだろうと信じて疑っていなかった。
それが、これだ。見れば彼らの息子才蔵も、その妻佳織も孫の博も。誰もが唐突に光江を失ったショックから立ち直れていないでいる。
かくいうマリアベールも、訪問してすぐに知らされたこの事実にはショックのあまり、その場で泣き崩れてしまったほどだった。
夫ヘンリーや娘のエレオノールに介抱されてどうにか気持ちを落ち着かせたものの、それでも動揺はどうしようもなく……ましてや去年よりも明らかに覇気をなくしてしまった将太を見れば、どうにも気が滅入ってまうのだ。
「泣いてくれて、拝んであげてくれてありがとう、マリー。ヘンリーくんにエリーちゃんも。きっと光江も草葉の陰で喜んでいるよ」
「そんな、ことは……」
「光江、おばあちゃん……っ」
そのヘンリーもエレオノールも、光江の死には涙を禁じ得ない。誰しもに愛される太陽のような女性だったのだ、彼女は。
永らく付き合いのあるフランソワ家の面々のみならず、妻の突然の死には多くの友人知人がやってきては涙し、そして早逝を悔やんでくれた。
そのことを将太は、胸に風穴が空いたかのような虚無感とともに、それでもありがたいことだと頭を下げる。
しばらく互いに個人を偲び合ってから、ささやかながら宴席が設けられた。酒を飲みつつ光江の思い出を語り合う、遅ればせながらの通夜のような食事会だ。
さしものマリアベールも今回ばかりは豪快に飲むこともなく、ちびりちびりと神妙な表情で酒を呷る。そんな彼女へ、将太は儚げな笑みを浮かべて語りかけた。
「マリー、聞いてくれ。私ももうそろそろ、探査業を畳もうかと考えているんだ」
「将太先輩、それは……」
「もう年だからね。それに光江もいない今、なんだか、これ以上頑張れる気もしなくなってしまった。あとどれくらい生きるかも知れない身だけど、余生は彼女を想って過ごしたいんだ」
「…………」
すっかり消沈しきった表情で言われては、マリアベールには何も言えない。去年までの将太と別人のような、死人めいた表情だった。
否。事実として彼の心はもう、半分死んでしまったのだ。それほどまでに愛していた、それほどまでに愛されていた。だからこそ、その愛を失えばこうなるしかない。
ビールを呷る将太。どれだけ飲んでもきっともう、酔うことはない。酔ったとてそれを咎める人も、甘えさせてくれる人も、抱きしめてくれる人もいなくなった。
それでもきっと、まだしばらくは生きていかなければならないのだ──直感がある。まだ自分の使命はすべて終わってはいない、と心の何処かに、何かしらの予感があるのだ。
おそらくはファースト・スキル《究極結界封印術》にまつわるなんらかの事柄だ。
初めてステータスを得た日に感じた強い予感、それが少しずつ強まっていっている気がしてならない。
やるべきことを、きっちりやり遂げるまで光江の下には行けないのだろう。
だからこそ彼女を想いながらその時を待つためにも、隠居という選択を決断したのである。
「今すぐすっぱりと止めるには私にもしがらみが多い。数年かけて身辺整理をしてからになるだろうけれど、とにかく探査者人生もそろそろ終わりだ。マリー、君には先に伝えておきたくてね」
「そう、ですか……正直、英断だと思います。たぶんもう、先輩には戦い続けるだけの気力なんざ残っちゃいない」
「そうだね。いろいろあったが結局はこんなものだ……短いような、長いような60年ほどだった。こんな終わり方をするとも思っていなかったけれど、まあ、よくよくこんなものなんだろうね、何かに区切りをつけるきっかけなんてものは」
力なく笑う将太。今までにない弱々しい姿が、やはりマリアベールには哀しくて仕方ない。
最愛の人を失くす痛み……弟子のクリストフもだが、余人には決してどうにもできないものなのだ。それを知るからこそ、彼女にはもはや光江の安らかなる眠りを、そしてこれからの将太の行く末に幸あらんことを祈って酒を飲むしかできなかった。
ここから3年後、宣言通りに将太は引き継ぎや身辺整理をきっちり行なった上で探査者を引退。隠居生活を送ることになる。
そして最初の予感にして最後の直感が的中するまでの十数年を、亡き光江を想いながら静かに過ごすことにしたのであった。
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